その手で触れて確かめて
第5章 小さな恋の物語(O × O)
その瞬間のことはほとんど記憶になくて、
彼の、柔らかくて、少ししっとりした唇の感触しか覚えていなくて、
回りの奴らが言うには、
そいつらも初めは何が起こっているのかが分からなくてしばらく傍観していると、
パシン!!という、薄っぺらいものが破裂したような音が響き渡った、と思ったら、
痛っ!!と叫びながら頬を押さえる俺と、
寝台から体を起こし、怒りで顔を紅潮させながらわなわなと震える大野智がいたのだ、という。
が、観客席がにわかにざわつき始めたことに気づくと、
大野智は、苦虫を噛み潰したような顔になり、再び寝台に横たわった。
こうして、劇の締めくくりにあったはずのキスシーンは、
俺のフライングのため、目と目を合わせるだけに止まり、
幕が降りた途端、
大野智はくるっ、と背を向け、足早に立ち去った。
すぐに後を追いかけ、
さっきもそこで着替えていたという保健室へ向かった。
もちろん、中には入れてももらえず、
着替え終わって出てきても、口も聞いてもらえず、
大野智は、
その日はとうとうそのまま家に帰ってしまった。
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