じんちょうげの花咲く頃
第1章 じんちょうげの花咲く頃、君と出会う。
「もしかして、お金のこと気にしてるの?」
「それも無くはないけど…」
母さんは、にこ、と笑うとキッチンに入っていって、菓子箱を手に戻ってきた。
「それ、何?」
「母さんを甘く見ないで。」
と、僕の目の前に差し出された通帳。
「あなたの今後のために貯めてたのよ。」
僕名義の通帳。
「お父さんのいない子だから大学は行けないんだ、って思わせたくなかったから…」
でも、と、母さんはため息をつく。
「これだけじゃ、まだまだ全然足りてなくて…」
「…そこへ叔父さんがその話を持ってきた、ってこと?」
「ええ。」
母さんは、深いため息をついた。
「じゃあ…僕、やっぱり…」
「零。」
母さんの細長い手が、僕の肩を掴んだ。
「いきなさい、大学。」
「母さん…」
「私やおばあちゃんのことなら心配しないで。自分のこれからのことを考えなさい。」
「でも…」
「大学入って、叔父さんの会社で働いて…」
一瞬、母さんは口を噤み、自嘲気味に笑った。
「そうよね…ごめんなさい。押し付けがましいこと言って。あなたの好きにしたらいいわ。」
僕は、この時の母さんが言おうとしていたことを、
ちゃんと聞いておけばよかったと、激しく後悔した。
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