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短編集

第2章 最後の柿

深夜、男は柿を盗みにきた。
退社から時間があったので、黒っぽい服装に着替えて帽子とマフラーをつけた。
―人目につかないように。
男は柿の木のそばでキョロキョロと辺りを見渡して通行人がいないか確かめた。
―よし、誰もいない。

心臓をドキドキさせながら男は柿に手を伸ばす。
そして音がしないように柿をクルクル回して枝から切り離す。
「静かに、音を立てるな。」
念のためハサミも持ってきていたが使う必要はなかった。
こうして男の手に憧れの柿が入った。
両手で包んで柿を確認する。
―ああ、思ったとおりスベスベで熟しているのに実がキュッとしまっている。最高だ!

男の心臓のドキドキは、盗むときの緊張によるものから、歓喜の鼓動に変わっていた。

男は薄手のタオルに柿を傷付けないように包むと、上着のポケットに隠して、そそくさと立ち去った。

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