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短編集

第10章 『祖母の夏』

数年後、彼女が町で出会った青年は、無口で、油揚げが好きで、その上、尻尾があった。

もちろん、彼はあの狐の子。


もちろん、彼女と青年は一目合ったときに、気付いて、にっこり笑った。


彼女が笑ったのは久しぶりだった。


だって、両親は戦争で行方知れずで、彼女はやっぱり、はずれもんのままだったから。


そうして、彼女と青年は一緒になった。


ずっと仲良く。


それが僕の祖父と祖母。

無口で油揚げが好きで、尻尾のあった祖父は、ずっと昔に亡くなった。

祖母は夏が好きだった。

狐の子と過ごした夏の想い出。

「あんた上手に化けたわねぇ」

祖母がそう言って僕のくせ毛を撫でる小さいときの想い出。

手を狐にして祖父を偲んでいた祖母も、もういない。

だが、今年の夏も田には稲穂が揺れるだろう。


ばあちゃん、

油揚げ、僕も好きだよ。





おしまい。

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