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遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~

第6章 兄の心

 己れの醜さに反吐が出そうになるが、次の瞬間、いいや、それは違うと強く否定する。
 確かに南斗への対抗心、妬心はないとはいえないが、ソルグクが梨花に告げた言葉に嘘はなかった。
 今も眼前の尹南斗を見ていると、その背後にゆらゆらと黒い焔が揺れているような気がする。
 この男は一体、何なんだ?
 人柄も家柄も申し分なく、能力もある男。なのに、ひとめ見ただけで、こちらの背筋が寒くなりそうなほどの翳りを纏いつかせている。
 梨花だけでなく、誰が聞いても、ソルグクを嘲笑い、正気を疑うだろう。それでも、ソルグクには視えるのだ。南斗に纏いついて離れない得体の知れない黒い影が―。
「帰って貰えませんか」
 帰れと怒鳴りたかったが、仮にも妹の奉公先の坊ちゃんである。頭ごなしに怒鳴りつけるわけにもゆかず、努めて冷静にふるまっているつもりだった。

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