遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~
第1章 燐火~宿命の夜~
梨花は黒い大きな瞳を見開き、眼前の乳母を見つめた。
「スンチョン、もう朝なの?」
が、スンチョンのいつになく強ばった顔を見て、息を呑んだ。
スンチョンは三十ほどの、ふくよかな体軀の女である。乳母といっても、生まれ落ちたときから乳を与えて育てたわけではなく、梨花が二歳を過ぎた辺りから身の回りの世話を任されたのだ。
母ヨウォンは貞淑で優しい夫人ではあったけれど、大方の両班の奥方がそうであるように、我が子の養育にあまり熱心とはいえなかった。ゆえに、梨花にとっては正直、美しく気高い母は近寄りがたい存在で、朴訥で温かなスンチョンの方がよほど身近な存在であった。
スンチョンの良いところは、いつもゆったりと構えているところだ。なのに、今、そのスンチョンの福々とした顔は蒼褪め、緊張のせいか石の像のように見える。
「スンチョン、もう朝なの?」
が、スンチョンのいつになく強ばった顔を見て、息を呑んだ。
スンチョンは三十ほどの、ふくよかな体軀の女である。乳母といっても、生まれ落ちたときから乳を与えて育てたわけではなく、梨花が二歳を過ぎた辺りから身の回りの世話を任されたのだ。
母ヨウォンは貞淑で優しい夫人ではあったけれど、大方の両班の奥方がそうであるように、我が子の養育にあまり熱心とはいえなかった。ゆえに、梨花にとっては正直、美しく気高い母は近寄りがたい存在で、朴訥で温かなスンチョンの方がよほど身近な存在であった。
スンチョンの良いところは、いつもゆったりと構えているところだ。なのに、今、そのスンチョンの福々とした顔は蒼褪め、緊張のせいか石の像のように見える。