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紅蓮の月~ゆめや~

第1章 プロローグ

 咄嗟のことで実幸は愕いたが、何よりも不思議だったのは、この小袖を初めて身にまとったとは到底思えないことだった。まるで、はるか昔に自分がこの小袖を着たことがあるかのような―奇妙な懐かしさを感じるのだ。 そのことに困惑しながら、実幸は呟いた。
「着物が着る人を選ぶのですか」
 この女性の言うことはすべてが暗号のように判らないことばかりだ。実幸は益々混乱した。女主人は実幸の当惑など知らぬげに、微笑んだまま続ける。
「そう、お客様が着物を選ぶように、着物もまた人を選びます。その時々に応じて、最もその着物を必要とする方を選ぶのです」
「じゃあ、今の私はこの小袖を必要としているわけ?」
 実幸が思わず言うと、女主人は深く頷いた。
「あなたがこれをお選びになったということは、そのとおりでしょう」

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