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紅蓮の月~ゆめや~

第2章 紅蓮の月

「どうやら図星のようだな」
 信長はしてやったりと得意げな顔で言うと、これまで自分が打っていた鼓を無造作に帰蝶に差し出した。
「今度は儂が舞うゆえ、そちが鼓を打て」
 これにも否とは言わせない響きがあった。
 帰蝶は信長の真意をはかりかねたが、言われるままに差し出された鼓を持ち、構えた。
 カポーン、再び澄んだ音が流れ始める。
 信長の力強さを感じる響きとはまた異なり、帰蝶の紡ぐ音色はどこまでも嫋々としっとりとした夜のしじまに溶け込むような艶(つや)がある。
「人生わずか五十年、下天のうちをくらぶれば、夢まぼろしの如くなり」
 信長が謳い始めると、帰蝶は愕きに眼を見開いた。信長の謳った一節は謡曲「幸若舞」であった。咄嗟に帰蝶もそれに合わせたが、何故、信長がこのような舞を見せるのか訝しんだ。

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