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紅蓮の月~ゆめや~

第3章 紅蓮の月 二

 彼にとって、待たせるという行為はあっても、待つという行為はないのだ。
―何という思い上がった男か。
 そう思う反面、あの感情の読めぬ底知れない深さを湛えた瞳にいっそう強く魅かれる。
 そう、信長の得体の知れなさに帰蝶は魅かれた。何ものをも呑み込んで、なお静まり返ったままの湖のような、そんな静謐さが信長にはあった。人は誰しも信長の表面だけのうつけぶりに騙されてしまうが、実際の信長はうつけの仮面の下に怖ろしい素顔を隠し持っている。どのようなときであろうと、誰よりも冷静に、時に冷酷ともいえるほど的確に状況判断できる男だ。
 帰蝶がぼんやりと思案に耽っていると、寝所の襖が静かに開いた。やはり白の着流し姿の信長がゆっくりと入ってくる。帰蝶は手をつかえて良人を迎えた。その傍らには二人分の夜具が整然と敷いてある。

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