巡 愛
第1章 果てしなく……
キッチンペーパーで、フライパンに敷いた油をサラッと拭き取り、砂糖とほんのすこしの塩を加えた卵液を流し込むと、十分熱したフライパンは「ジュワ〜」っと、それはそれは小気味のいい音を立てている。
「おはよう」
片手に新聞を持ち、あくび混じりにダイニングに入ってきた夫は、そう私に声をかけ、テーブルについた。
「おはよう。はい、コーヒー」
「ん、ありがと。あ、誕生日おめでとう」
「え? あ、ありがとう」
コーヒーを飲みながら新聞を読む夫。
その脇で、息子のお弁当を作る妻。
結婚して17年目の夫婦の、ありふれた何気ない朝の風景……
けれどもこれは、1年前までの私達夫婦には考えもしなかった日常なのだ。
1年前の今日、私は失恋をした。
姿も声も知らない「未明」という名の男性に。
そしてその日、私は決めたのだ。
夫にもう一度恋をしようと。