近くて甘い
第52章 未来のために
彼女が、会社をやめてしまうことなど、未だに信じることが出来ない。
もうあの奇声が会社に響くことはないだなんて…
そして、
彼女は──…
──────おいっ、かなっ…
別の男と、別の場所で、また別の人生をスタートさせる。
「………婚約者の男性は…」
避けては通れない話題。
満面の笑みを洩らしていた加奈子も、一瞬で身体を強ばらせると、ナイフとフォークを置いた。
「田部さんと結婚したら…
笑いが止まらない毎日だろうね…」
「そんなこと…」
ワイングラスを掴む手が震える。
なんでそんな事言うんだろうっ…
「とても…
羨ましいよ…」
「っ……」
冗談ばっかり…。
そんなこと思っているはずがないのに…
この人は、嘘をこんなにも笑顔で並べるだなんて…
目を反らした加奈子は口を拭うと、再びフォークとナイフを手に取った。
「副社長こそ…」
「……?」
「この前の女性と、お幸せそうで…」