
禁断兄妹
第71章 君が方舟を降りるなら
お父さんのお葬式は
そのまま何ごともなく
静かに終わった。
お母さんは
ケンタロウさんとの電話の時に私がいたことも
手紙を抜き取ったことも
全然気がついていなくて
『ここに居たくなくて、外を歩き回ってたらしい』と言うお兄ちゃんの言葉を信じて
私をすごく心配してくれた。
騙してるみたいで胸が痛かったけど
本当のことは
言えない。
誰にも気づかれずに持ち帰った手紙は
一番のお気に入りだったラベンダー色のハンカチに包んで
宝物を入れている鍵つきの箱の中へ
焼いちゃいけないって気持ちだけで持ってきちゃったけど
こうすることが
本当に良かったのかはわからない
ちくちくするような胸の痛みと一緒に
箱の底に
しまいこんだ。
落ち着いたら戻ると言われていた記憶は
お葬式から一週間たっても十日たっても
戻らなくて
時おり火花が散るような感覚があるのは
一度聞いたことがある言葉だからだというのは
なんとなくわかってきたけど
思い出そうとすると気持ちが悪くなるのは
変わらなかった。
お母さんは
焦らなくていいから自然に任せなさいって
のんびりと言ってくれるし
お医者さんも同じだった。
お兄ちゃんは一人暮らしをしていたらしいけど
お父さんのお葬式の後
家に戻ってきてくれて
記憶のことには触れずに
静かに見守ってくれている。
お兄ちゃんが怖いという気持ちは少しづつ薄れてきたけど
前みたいに頭を撫でてもらうようなスキンシップはやっぱり無理で
近過ぎるのも苦手
お母さんは
思春期の女の子はそういうものよと言うけれど
お兄ちゃんは
もどかしげな表情をすることがあって
その熱っぽい瞳は
私の中の失われた記憶を探しているよう
───知ることを恐れるな
そこには喜びも確かにある───
あの時の力強くて暖かな言葉は
今も胸を揺らす
でも
思い出せない
思い出したく
ない
