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エスキス アムール

第43章 だから言ったのに。





「そんなんじゃない!
俺は本当に木更津のこと…っ」



必死だった。
泣きそうだった。

早く木更津に会いたいと思う。
でもこれは、要が言うようにただの甘えなのだろうか。



「じゃあいいよ。
あの人のこと好きだとして、はるかちゃんのことは?」


「だから、それは昔のこと…」


「本当にそう言える?
再会したときどう思った?
どんな感情が湧いた?
少しでも日本にいたときのこと思い出さなかった?」


「……っ」



俺は何も言い返すことができなかった。
日本にいた時の感情を思い出さなかったわけではない。

彼女の笑顔を見て、日本にいた時の感情を思い出し、懐かしんだのは事実だ。


彼女が涙を流して見つめてきたとき、俺は彼女に触れることなく、涙を拭うためのティッシュを渡した。

彼女に触れることはなかった。
あの時、木更津の顔が浮かんだからだ。

白状すれば、
木更津の顔が浮かんでいなければ、彼女を抱きしめていたかもしれない。


その事実が、俺をどうしようもなくあの時苦しめた。



「お前、ちょっと頭冷やして考えろ」


「俺は…俺は本当に…」


「お前のあの人への気持ちが全て嘘だなんて思わないよ。
だけど、彼女に対する気持ちだって、消えてないはずだろ?」


『誤魔化すな。自分の気持ちを。
恐怖から逃げるな。』



要は最後に一言俺にそう言うと、エントランスから出て行った。

その最後の言葉がどうしようもなく木霊する。
木更津への気持ちは嘘なんかじゃない。
絶対に違う。


貰った時計を握り締めた。



じゃあ彼女への気持ちは…?



要の言葉が頭の中に響いた。



『彼女への気持ちがぶり返さないって言いきれる?』



今度は木更津の言葉が頭に響いた。
木更津は全部わかっていたんだ。
だから、彼女を探していたとき俺から離れようとした。



どうしようもなく泣きたくなって、その場に座り込んだ。









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