エスキス アムール
第47章 教え込まれたカラダ
「大野さんは愛されてますね、本当に…」
「…っっ」
私がポツリとそういうと、大野さんはじわりじわりと顔を赤くした。
きっと、もっともっと可愛らしい顔や行動を、木更津さんには見せているのかもしれないなと思う。
付き合っていない期間を含めて何年も彼とは知り合いで、多くのことを知っているような気がしていたけど、まだまだ知らないことは沢山あったのだなと感じた。
「これ…、すみません。
一度隠したら、言い出せなくなってしまって…」
隠していた時計を引き出しの中から出して、彼に差し出す。
その時計をみるなり、彼の瞳はゆらゆらと揺れた。
「ねえ、大野さん。
あの時…」
「…」
「……、」
「…なに…?」
「ううん、なんでも、無いです。
早く帰ったらどうです?待ってますよ。木更津さん」
その言葉に彼は頷くと、大きなバッグに広げていた雑誌を詰め込んで、玄関へ向かった。
「はるかちゃん、ありがとう。」
「いえ、時計は…」
「時計じゃなくて。
今まで、いっぱい幸せをくれて。
俺、はるかちゃんが泣いても笑っても、となりにてくれるだけで幸せを感じられたんだ。
本当に本当に…
「いいから。もう、早く行ってください」
これ以上聞いていたら、涙が出そうで彼の背中を玄関から押し出した。
そして、階段を駆け下りようとする彼の名前を呼ぶ。
「ありがとう。大野さん。
私も…わたしも…ったくさん、たくさん、しあわせ…もらいました…っほんとうに…!」
泣きながら叫ぶ私に、彼は優しく微笑んで頷いて、口をありがとうと動かすと、駆け下りて行った。
その後ろ姿を見送る。
聞けるはずがなかった。
あんな幸せそう顔をして、時計を握り締める彼に、
『もし、私が大野さんのことを捨てなかったら、私達は続いてたのかな』
なんて…。