青い桜は何を願う
第1章 プロローグ
「無礼者っ!!」
蜂蜜色の照明が満ちた小さな個室に、どんっ、と衝撃音が響き渡った。
少女の甘ったるいソプラノの声が一喝したのとほぼ同時のことだった。
「──……」
ここは、市内の某所のカラオケ店だ。化粧室にしては洒落た小部屋で、二人の少女が対峙していた。
少女らの内、一人は、腰まである亜麻色の髪が印象的な、外国映画にでも出てきそうな容姿に恵まれた風貌だ。中性的な目鼻立ち、そのたおやかな長身をひときわ凛々しく引き立てているのは、ゴシックパンクスタイルだ。
清冽な黒曜石の透明感を湛えた双眸にちらつくショックは、すぐ目前の、金髪の少女に突き飛ばされて、身体をおかしな風に壁に打ちつけた痛みからくるものではない。
「希宮莢(のぞみやさや)……。ビアンのオフ会で、数多の女達を喜ばせて泣かせている女ったらし。名前は知っていたけれど、まさかいきなり迫られるなんて、想像もつかなかった!」
ああ、本当に、妖精だ。
亜麻色の髪の少女、つまり希宮莢と呼ばれた少女は、怒りに任せた剣幕で、口をへの字に曲げて腕を組んでいる目前の少女に、見惚れ、悪く言えば品定めしていた。
ぱっちりした目に桃色の頬、さらさらの金髪は耳より上方で二つに分けて揺ってあって、今風の、パステルブルーのナチュラルガーリースタイルが、少女の妖精を聯想する容姿によく馴染んでいる。
聞き捨てならない言葉は聞こえた。だが、今の莢には、そんなこと気にする価値もない。手を挙げられても罵られても、不機嫌な妖精の魅力が半減しようはずがなかった。
莢と少女は、今日知り合ったばかりの関係だ。オフ会とは名ばかりの、他人同士が同席して、あわよくば未来の恋人と巡り逢えるという、女子限定の合コンで、二人、出逢ったのである。
もっとも、莢にしてみれば、少女を赤の他人として見るにはあまりに忍びない。
間違いない。この目前の妖精こそ、ずっと探し求めていた運命の少女だ。
莢は、確信していた。
もうお嫁に行けない、と、金髪の少女がわざとらしく両手で顔を覆っていた。
分かりきった仕草に口元が弛む。
莢は腰を上げるなり、少女の手首に片手を伸ばした。