青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
『どうしてこんなに淋しいのかしら……。いいえ、私は淋しいと感じられるだけまだ生きている。生きていてこそ得られる心地をこうも疎ましがるなんて、贅沢なの?』
『王女様』
『だのに生きている心地がしないの。息をするのにやっとなの。身体がふわふわして、今にもどこかに飛んでいってしまいそう……!』
金色の髪に青い瞳、童話に描かれるような風姿をした少女が、誰かに泣き縋っていた。
少女は、さくらの遠い遠い記憶の中にいた姫君に、さばかり似ている。見目かたちだけだ。外見的要素を除けば、今さくらが傍観している哀れな少女は、幸せな一国の王女リーシェ・ミゼレッタにしては、あまりにみすぼらしかった。
真っ白なドレスをまとった少女は、少女自身に負けず劣らずの白い肌をした少女の腕に収まっていた。騎士にしてはしおらしすぎる、姫君にしては凛々しすぎる侍女の顔は、緩やかな亜麻色の髪の影に隠れて、確かめられない。
『お散歩に行きませんか?たまには気分転換をなさいませんと、本当にお身体を壊してしまわれます。氷華は変わってしまいましても、この土地の桜は貴女様への私の想いと同様、朽ちることなど知りませんから』
『さく、ら……』
『はい。リーシェ様がご贔屓になさっておいでの薄紅の花……庭園の桜が、今朝、開花しました。お付き合い願えませんか?』
少女の繊細なレースが幾重にも重なる姫袖から伸びた手に、「リーシェ」と呼ばれた少女の片手が重なった。
城の庭園に続く小路を歩く二人の少女を、さくらの意識が追いかける。
『あ……ここ』
リーシェが足を止めたのは、こぢんまりした粗末な小屋だ。
士官の平服を可憐に着崩した少女の腕に、リーシェの肩がそっと抱かれた。
『リーシェ様。私は──』
耳にしただけで身体中が熱くなる声だった。
さくらの夢の映像は、またぞろ先へと進んでいく。
リーシェは少女と小屋に入った。喜びを語る術をなくした王女の唇が、亡き恋人にまつわる記憶をとめなく口舌にし出す。
最愛の少年との返らぬ日々を懐かしむ。かくいう行為がリーシェの側にいる少女にとって、いかに残酷な仕打ちになるかを想像出来なかった小さな王女は、それだけ深い悲しみに暮れていたのか。妖精の化身、もとい側近の少女の煩悶に、リーシェは気付いていないと見える。