青い桜は何を願う
第3章 青い花の記憶
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氷華王国は、とても緩やかな時の流れる国だった。
その領地は生命溢れる海に囲われた島国のおよそ半分を占めていて、一年中、四季折々の自然が山や街を彩っていた。争いはない。唯一、隣国である天祈と睨み合っていたが、時折小さないさかいこそ勃発しても、痛手を負うほどのことはなかった。国民達は王家を慕って、また、王家も誠実に国を統治していた。
リーシェは、氷華を代々治めてきたミゼレッタ家の長女として生まれ育った。
氷華には、独特の習慣があった。王女や王子が思春期になる頃、専属護衛をつけるというものだ。
ミゼレッタ家の継承者につけられる専属護衛は、士官や女官、名誉騎士から選ばれる。そして何十年も、主人が崩御の時を迎えるまで側に仕えて、その身だけを守護することを定められていた。
リーシェは十三才になる春先、両親達に、初めて自分の専属護衛と引き合わされた。それがカイルだ。
カイルは、氷華で代々ミゼレッタに仕えてきた名誉騎士の多くを輩出してきた家柄の出だった。リーシェと同い年なのに、文武両道才色兼備、その風格も気品も、そこいらの紳士らとは既に格段の差があった。それでいて、年寄りの家臣や貴婦人らからの評判など、全く鼻にかけた感じがなかった。いつも気さくで人間臭くて、いっそ貴族らしからぬところさえあった。
リーシェの毎日は楽しかった。カイルが側にいてくれるだけで、少し掠れた優しいテノールに名前を呼ばれるだけで、幸せすぎて不安になった。
『桜は好きじゃない』
『鮮やかなまま散ってしまう桜(はな)を見てると、どうしようもなく悲しくなってしまうのです』
カイルは、この土地の生まれにしては珍しく、故郷の花を敬遠していた。
それでもカイルはリーシェが桜を好きなのを知ると、花見に連れ出してくれた。
リーシェは、カイルが休暇中に見つけたという桜並木と海を一度に観られる海岸を、彼と一緒に散歩した。懐かしい桜の芳香と絡み合う潮風に包まれて、大好きな騎士と並んで歩きながら、薄紅色の花を愛でた。
それから二人、春が訪れると毎年、お気に入りの海に出かけた。そこはいつしか、二人だけの秘密の場所となった。