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青い桜は何を願う

第2章 出逢いは突然のハプニング


 春休みの私立西麹学園は、生徒達の熱気がそこはかとなく漂っていた。

 市内では名門と数えられる、男女共学の中高一貫教育のエスカレーター式私立学校、西麹学園は、極めて自由な校風だ。制服もない。

 長期休暇に入ったこの時期、登校してきた生徒達は皆、思い思いに部活や補講に打ち込んでいた。

 美咲さくら(みさきさくら)も例外ではない。

 さくらは手芸部員だ。ただし、今年のこの春に限っては、部活の参加は有志である。

 それというのも春休み中の部活動は、新入生歓迎会に向けての準備を進めるためのものだ。

 三日前、さくらは三年間通った西麹学園中等部を卒業した。そして来月、高等部の入学式を控えている。

 つまり、さくらはそれには新入生として出席する資格があって、迎えられる立場のはずだ。もとより、春に高校一年生になる生徒達には、春休みの休部が認められている。

 にも関わらず、さくらは毎日登校して、手芸部の活動場所もとい家庭科室に、朝から夕方までこもっていた。

 さくらは、しめやかな談笑がどこからともなく聞こえてくる中で、一人作業台に向かって、ちまちまと、淡い薄紅色の小花柄の生地を仮縫いを進める。手芸部の出し物であるファッションショーで、自ら袖を通す衣装は、完成までにはまだ遠い。

 さくらは、つと手を止めた。出入り口の扉の向こうから、甘いソプラノの声が聞こえてきたからだ。

『貴方の仰る通り、あたしはイかれていてよ。アリスが来るまでこのお茶会は続けるわ。そうしていれば、あの子はいつかまた来てくれる気がするの』

『目を覚ませ、帽子屋。君や僕の役目は終わった。アリスは成長し、彼女は彼女の世界で立派に羽ばたこうとしている。成長することの何がいけない?』

『ではチェシャ猫。貴方は過去を捨てろと言うの?アリスやあたし、そして皆に』

『──……』

 聞き違えようはずがない。

 甘いソプラノの声の主は、さくらより一学年上の高等部の生徒で演劇部の部員、弦祇このはだ。

 さくらは、仮縫いしている場合ではなくなってゆく。

 縫い針を生地の上に休ませて、このはの声に耳を傾ける。

 胸が逸る。苦しいのに、詰まるようでもあるこの息苦しさを、ずっと味わっていたくなる。

 さくらは、下ろしたばかりのサーモンピンクの薄手のボレロの胸リボンを、ぎゅっと握った。

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