青い桜は何を願う
第5章 黄昏の三つ巴
早は校舎の最上階にいた。ほの暗く狭い階段を昇りきったところの狭い空間、重々しい扉に行き当たるここは、屋上に続く踊り場だ。
「花の聖女」、すなわち弦祇このはを今日こそ捕獲するべく、機を窺っていたのである。
早がここに身を潜めて、かれこれ三十分以上は経つ。
このははなかなか一人にならない。
これではこのはを襲撃しても、二日前の敗北を繰り返すだけだ。
タイマンでも勝てなかったのに、二対一ではおそらく歯が立たない。
扉の向こうから、また、生意気な下級生らの歯も浮くような科白がこぼれてきた。
「このは先輩。私の、どこを気に入って下さったんですの?」
「さくらちゃんの全て。比翼の鳥が生まれた時から比翼なのと同じでね、私は生まれる前からさくらちゃんを好きになるって決まってたんだ」
「……っ。…──このは先輩によく似た人を、私、すごく前に愛していた気がするんです……」
「本当っ?じゃあ私達、前世から一緒にいたんだね!……前世の私に、妬けちゃうな」
「お笑いになりませんの?私、変なこと言って」
「どうして?私も前世とか信じちゃうタイプだもん。さくらちゃんがそういうこと言うと、ほんとに私、妬いちゃうんだよ」
「このは先輩……。あ、ダメです、こんなところで──…先輩っ……」
さくらの涼やかなメゾの声が、甘ったるさを増してゆく。
「花の聖女」には、その昔、最愛の騎士がいたという。聖花隊の中には、リーシェより、まず先に騎士から探して彼女をおびき寄せようとしている地道なグループもあるようだ。
だが、早には、さくらが件の男の生まれ変わった姿だとは考え難い。
早は腹が立ってきた。
獲物はこんなに近くにいるのに、扉一枚開けられない。自分自身の不甲斐なさにも、嫌気がさす。
せめてこのはの弱みでも握れれば良いものを。
焦りと怒りが昂るところまで昂った。
そうして追いつめられるところまで追いつめられて、早の中で、何かが吹っ切れた。
そうだ。弱みだ。
早の脳裏に、親友の、昨日の心配そうな顔が蘇る。
この際だ。誇り高き聖花隊員として、仁義も情けも涙を呑んで忘れよう。
一生ではない、今だけだ。
透との約束を考えても、自分は一日も早く聖花隊の任務を終えるべきだ。
早は冷たい壁から離れて、階下に引き返していった。