テキストサイズ

彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第2章 友達でいたかった

梅雨入りしたのか、していないのか、このところはっきりしない天気が続いていた。野球部の練習も室内でのトレーニングがメインになっていた。
僕と正捕手の菅野は、ブルペンに入って練習している。

「渡辺」
「ん?」
「ちょっといいか」

菅野が珍しく、改まって僕に話しかけた。落ち着いた性格の、でも少し慎重すぎて時々配球が僕の思うそれと噛み合わない。
僕と菅野は、ベンチに並んで座った。

「…おまえ、時々おれのサイン、無視するよな」
「…ああ」

バレてるなら隠しても仕方ない。
僕は、打たれる球は投げたくない。

「合わないよな、おれたち」
「そうだな」
「目標はさ、甲子園だよな」
「…そうだな」
「辞めるよ、キャッチャー。このチーム、絶対甲子園行かんとダメだろ」
「決めたのか?」
「決めたよ。おまえの相棒は、甲斐しかいないよ」

寺嶋先輩に何か言われたのだろうか。
この時から、市高野球部が本気で勝てるチームになろうとしていることを僕は感じていた。全員が、自分の力を自覚して引く者は引き、自信のある者はその実力を誇示していた。
僕は、背番号1を背負う責任を痛いほど感じていた。それは自分の夢や希望だけでなく、先輩の分もこの手に託されている責任だ。
梅雨が明け、暑い夏が来る頃、僕は再び広明のミットめがけて白球を投げ込む日々の中にいた。
広明が正捕手にコンバートされた。
これだ。この感覚。
しっかり受け止めてくれる安心感は半端ない。
積乱雲が高く高くそびえ、空は抜けるほど青い。夏の地方大会はベスト8が出揃い、その中にはもちろん、市高の名はない。

「塔也!」
「ん?」
「甲子園行ったら、テレビ映るじゃん」
「うん、映るよ」
「おれと塔也が一番よく映るだろ、」

できるだけ速いストレートでちょっとビビらせてから2球目、落ちるスライダー、と広明が指示した通りに投げる。
暑いブルペンで、汗を飛ばしながら練習する。
広明は、ちょうど僕の肩の高さにボールを投げ返しながら、くだらないことばかり言う。なぜかこいつは、そんな時ほど笑顔が半端ない。

「したらさ、」

マスクをあげて、広明は最高の笑顔で言う。

「絶対おまえ、父ちゃんに観てもらえるじゃん?」

僕は思わず、なんで、とつぶやいた。

広明、なんで知ってんの?

ストーリーメニュー

TOPTOPへ