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甘く、苦く

第73章 磁石 【move on now】session 5






ふと込み上げる衝動に負けて、
俺、櫻井翔は大口を開けた。

目尻に涙となって浮かぶ眠気を
袖で乱暴に拭い、
ぐっと背筋を伸ばす。

夕暮れの空は沈む太陽の
餞別でオレンジ色に染まり、
ゆったりと流れる雲が
一日の終わりを労ってくれていた。

流れる雲を見上げながら、
手足や首を回して体の調子を確認。


「うっし、」


重労働の影響は残ってはいるが、
前ほどの疲労感は感じない。


…それも

帰る家がある、
ということと、

俺を待ってくれている人がいる、
ということなんだろう。


コンビニ飯時代とは違う。

家に帰りゃあったかい飯ができてて、
風呂が沸いてて、
なにより、電気がついている。

そして、愛くるしいヤツがいる。


たまに小憎らしく、
辛辣なことを言うが、
そこも含めて俺には愛しい。



「ただいまー」


どんなに小さな声でも、
どんなに元気がなくても。


「おかえりなさい、翔さん。」


パタパタと駆け付けてきて、
微笑んで迎えてくれるコイツがいる。

これまでも何度か微笑してくれてはいたが、
今日のはなんだか特別に見えた。


「その笑顔、百万ボルトの夜景に
匹敵するな。」

「なに口説いてんの。」

「え、口説いてないない。」


ウソだー。だなんて、
ケラケラ笑う。

…あぁ、もう…ほんっとに。


「マジ大好き…。」

「わかってるし。」

「…ふふ。」

「なに笑ってんのー、もー…」

「…幸せだから。」




これからどうなっていくかなんて、
そんなのわからない。

でも全然不安じゃない。

二宮の笑顔が、
何よりの答えだから。


────…動き出したラブストーリーは
もう誰にも止められない。




ー終わりー

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