煩悩ラプソディ
第19章 原稿用紙でラブレター/AN
HRが終わり、クラスメイトに挨拶をしながら教室を出る。
隣を歩く翔ちゃんは、これから待ち受ける恐怖と戦う準備をしているようで。
深呼吸を繰り返しながら心臓を拳でドンドンと叩いている。
昨日あれだけ苦労して書き上げたレポートを忘れた翔ちゃんは、松潤に呼び出しを受けた。
一緒に来てくれって縋り付かれたけど、今日は大ちゃんとの約束があるし。
…てゆうか昨日の俺の苦労は何だったんだよ!
にのちゃんの寝顔見れたのがせめてもの救いだよ、ほんと…。
「…じゃ、がんばって」
「おう…」
松潤の居る資料庫の近くまで来ると、緊張した顔の翔ちゃんに声をかける。
足取りの重い後ろ姿を見送って、足早にいつもの場所へと向かった。
大ちゃんに相談に乗ってもらう時はいつもこの物理準備室で。
実験器具やらが雑然と並ぶこの空間が、なんとなく落ち着くんだ。
丸椅子に腰掛けると、黒い実験台にダラッとうつ伏せて大ちゃんを待つ。
ふと視界に入る学ランの袖。
ゆっくり右手を伸ばして、空中を丸く撫でるように動かしてみる。
昨日のにのちゃんを隣に映しながら。
髪を撫でて、人差し指を作ってはちょんと突いてみたりして。
ほんと…
可愛かったなぁ…
自然とにやける頰と口角を自覚していると、コンコンと静かにノックの音がした。
やっと来たかと体を起こせば、控えめに開けられたドアから顔を覗かせたその人物にひゅっと息を飲んだ。
っ、にのちゃん…!
思いもよらない事態に、一気に心臓が跳ね上がる。
えっ、なんでっ!?
大ちゃんは…?
「…入ります、」
チラッとだけこちらを見ると、するりと入ってきてカラカラとドアが閉められた。
その手には、数冊の教科書類が抱えられていて。
訳が分からないまま近付いてくるにのちゃんを目で追っていると、トンと教科書を台に置いて側の丸椅子に座った。
斜め向かいのにのちゃんは、俺と目を合わせると眉間に皺を寄せてぽつり呟く。
「…なんですか」
「…え、」
「私じゃ不満ですか?」
メガネを直しながら口を尖らせてジッと見つめられた。