煩悩ラプソディ
第19章 原稿用紙でラブレター/AN
にのちゃんの言った言葉の意味を理解しようとするけど、まっすぐ見つめてくる瞳に目を奪われて思考がうまく回らない。
「…相葉くんが、初めてだったんです」
すると、合わせていた視線を逸らし小さな口を開いた。
「ここに赴任してきて、初めて話した生徒が…相葉くんでした。
明るくて、友達思いで…誰にでも優しくて、」
ぽつりぽつりと続けるにのちゃんの言葉に、トクトクと心臓が早まってくる。
その声や表情から確かに伝わるのは、今にのちゃんは俺の想いに向き合ってくれてるということ。
…そしてそれは、きっと拒否してるんじゃないっていうこと。
微かな期待と不安が混じり合う中、静かに紡がれる言葉を全部受けとめようとグッと息をのみ込んだ。
「こんな…なんの面白味もない私にさえ、話しかけてくれて。
はじめは、赴任したばかりだから気を遣ってくれてるんだと思ってました。
だけど…そうじゃなくて。
…そうじゃないんだって、気付いたんです」
そうしてゆっくりした動作で俺の右手を取ると、握られた原稿用紙をカサっと開いた。
「ここには…私でさえ知らないような私がいました。
…それは、相葉くんが見つけてくれたんです」
そう言うと、目を伏せたまま唇が緩く弧を描いて。
あ…
あの日以来だったにのちゃんの笑顔に、ドクンと心臓が跳ね上がる。
そして視線を原稿用紙から俺へと向け、瞳を揺らしながら続けた。
「それに…
私自身の気持ちも、見つかりました…」
ピンク色のほっぺたと赤く染まった耳たぶ。
メガネの奥から見上げてくる、潤んだ瞳。
意を決したように小さく開かれた唇を見た途端、その先の言葉を捕えるように体が勝手に動いていた。
「っ、待って!」
「っ…!」
叫びながら引き寄せた体をぎゅっと抱きしめる。
爆発しそうな心臓の鼓動は、きっと嫌というほどにのちゃんにも伝わってるだろう。
「…相葉くっ、」
「待って聞いて!
お願い…このままで、」
身を離そうとする小さな肩を更にぎゅっと抱きしめると、ゆっくりと力が抜けてすっぽりと腕の中に収まった。
鼻からすうっと息を吸えば、にのちゃんの柔らかな髪からほのかにシャンプーの香りがして。
ドクドク波打つ心臓を無視するように、細く息を吐いて口を開いた。