煩悩ラプソディ
第26章 君がメロディ/AO
何度もその文字を追いながら、突然のことにうまく状況が呑み込めなくて。
…大ちゃんが、出て行った?
俺に何も言わずに?
急にこんな手紙だけ置いて…?
ハッとして、傍らに置かれたCDケースに視線を移す。
裏向きに伏せられたそれを手に取り反転させれば、透明のケースに入れられたCDの表にペンで書かれた文字。
『君がメロディ』
タイトルらしきその文字は、手紙と同じ筆跡だった。
自然とCDデッキのある棚へ足が動いて、躊躇うことなく再生する。
流れてきたのは、ミディアムバラードの穏やかなイントロで。
静かに聴こえてきたその歌声に、思わず息を呑んだ。
伸びやかで透き通った高音と、優しくアクセントをつける歌い方。
そこには、普段のだらしなく映ってた大ちゃんの欠片は一つも見当たらなくて。
こんなに…きれいに唄うんだ。
こんなに…優しい声なんだ。
こんな大ちゃん、知らなかったよ…。
知らないことが、多過ぎるよ…
なんで…?
なんで今ここに居ないんだよ…
デッキから流れてくる歌声を背に受けて、手紙を握り締めその場にへたり込んだ。
…流れてくるこの涙は、一体なに?
大ちゃんっ…
ーカチャ
小さく音がした方に目を上げれば、リビングのドアから遠慮がちに顔を覗かせる姿が。
俺と目が合うと、バツの悪そうな顔でそろりと中へ入ってくる。
「っ、おおちゃ…」
「ごめん…忘れ物しちゃって…」
慌てて手の平で涙を拭って、俺を窺う大ちゃんの前に立った。
「あの…これは、手紙じゃなくて直接言おうと思ってたんだけどさ…」
言いながら、少し顔を赤くした大ちゃんが真っ直ぐに俺を見て。
「俺…相葉ちゃんが好きだ。
好きに、なりました」
「……へ?」
「だから今度は、その…恋人として。
俺と一緒に、暮らしてくれませんか…?」
強い眼差しで告げられ、一瞬頭が真っ白になったけど。
頭で考えるより先に、自然と首を縦に振っていた。
ひょんなことから始まった、俺達の関係。
まさかあの日から…
こんな幸せな毎日がこれからも続いていくだなんて、あの時の俺は知る由もなかったんだ。
end