
例えばこんな日常
第31章 FLAVOR GALLERY vol.1
駆け込んだ建物の軒先。
急いで家を出た為に天気予報を確認しなかった今朝の自分を悔やむ。
シトシトどころじゃない雨音は目先のコンクリートに激しく打ちつけられ。
ビジネスリュックからハンカチを探すけど行方不明。
傘に加えていつもの携行品も忘れてしまっていることに改めて気付き。
はぁ…と思わずため息をひとつ。
入社一年目。
配属された営業課は希望とは程遠い部署だった。
繁雑な毎日で余裕の無い中、唯一の癒しはパートナーの相葉先輩の存在。
ひよっこで不出来な俺にも分け隔てなく接してくれて。
時に厳しく、時に優しく。
後輩のミスだって一緒に頭を下げてくれる。
そんな相葉先輩の存在が今の俺にとってどれだけ心強いか。
いつかは俺も相葉先輩みたいな頼れる人間になりたいって、そう心に決めている。
チラリ腕時計を確認すると約束の時刻が迫っていることに気付いた。
得意先への訪問を任されたものの、こんな状態で伺って失礼にならないだろうか。
でもここでトチったりなんかしたら相葉先輩にまた迷惑をかけてしまう。
相変わらず勢いの衰えない雨足。
意を決して駆け出そうとしたその時。
「二宮っ!」
ぐいっと引っ張られた衝撃に振り返れば、傘で翳った相葉先輩の驚いた顔。
いや驚くのはこっちのほう。
なんで相葉先輩がっ…
「お前傘は?」
「ぁ…忘れちゃって」
「も〜折りたたみ入れとけっていつも言ってんだろ」
「はい…すみません」
そして今度は困ったような顔で。
「風邪でも引いたらどうすんの?体調管理は営業の基本。わかった?」
「…はい」
「しょうがねぇなぁ、行くぞ」
「えっ」
またぐいっと腕を引かれたと思ったらたちまち距離が縮まって。
気付けば先輩の傘の中。
「お前めっちゃ濡れてんじゃん!」
「あっ!す、すみません…」
「くふふ、まいっか」
"怒られっかな〜"とぼやく密着した肩。
さんざめく雨と街の音に紛れて。
誤魔化しようの無い始まりの鼓動を静かに感じていた。
end
