逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~
第3章 雨降りの向こう側には
「祐一郎? ああ、祐一郎ね」
ロマンスグレーのオーナーも若い頃は、なかなかのイケメンだったに違いない。祐一郎と違って上背はないが、それでも女性には十分モテただろう。
「以前、証明写真を祐一郎さんに撮って頂いた者です」
萌は早口で言った。もっとも、この科白は、かえって余計だったかもしれない。萌にしてみれば祐一郎との関係というか拘わりをあれこれと訊ねられると面倒だから先に口にしたのだが、オーナーは細かい事に拘るつもりはないようだった。
「わざわざ来て下さって申し訳ないですが、あいつは滅多にここには来ませんよ。多分、あなたがおっしゃってるのは、私が結婚式の写真を撮るために出張した日のことでしょうねえ。あの日は、たまたま仕事で出かけなければならなくて、祐一郎に応援を頼んだんです。元々、大手の写真スタジオ専属のカメラマンとして働いてますから。普段は、そっちの方にいますよ」
「そう―なんですか」
私の中にたとえようのない感情がひろがってゆく。落胆、喪失?
「それに、今日は、スタジオの方にも出てないんじゃないかな。あいつの嫁さんが二人目妊娠中で、昨日の夜、急に産気づいたって電話がありましてね。何でも生まれるのが一ヵ月以上早くなりそうだっていうんで、そりゃあもう大騒ぎで。昨日からずっと自宅にも戻らずに病院で嫁さんに付き添ってるはずです。まだ手のかかる上の子がいるもんで、私の家内が預かってますよ」
萌は思わず耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
―はい、田所でございます。
携帯に出た女性の可愛らしい声が甦った。
オーナーは萌の様子に格別不審を抱いた風もなく、屈託なく言った。
「祐一郎にご用でしたら、伝言しましょうか? 何なら、あいつのいるスタジオの電話番号を―」
オーナーは親切のつもりで言ってくれたに違いない。でも、萌は到底、最後まで聞いていられなかった。
「ありがとうございました」
踵を返そうとした萌に、オーナーが訊ねてくる。
「伝言は要らないんですね?」
萌は軽く頷き、再び頭を下げた。
パタンと、背後でドアが閉まる。その小さなドアは、萌と祐一郎の世界を隔てる分厚い扉だ。
ロマンスグレーのオーナーも若い頃は、なかなかのイケメンだったに違いない。祐一郎と違って上背はないが、それでも女性には十分モテただろう。
「以前、証明写真を祐一郎さんに撮って頂いた者です」
萌は早口で言った。もっとも、この科白は、かえって余計だったかもしれない。萌にしてみれば祐一郎との関係というか拘わりをあれこれと訊ねられると面倒だから先に口にしたのだが、オーナーは細かい事に拘るつもりはないようだった。
「わざわざ来て下さって申し訳ないですが、あいつは滅多にここには来ませんよ。多分、あなたがおっしゃってるのは、私が結婚式の写真を撮るために出張した日のことでしょうねえ。あの日は、たまたま仕事で出かけなければならなくて、祐一郎に応援を頼んだんです。元々、大手の写真スタジオ専属のカメラマンとして働いてますから。普段は、そっちの方にいますよ」
「そう―なんですか」
私の中にたとえようのない感情がひろがってゆく。落胆、喪失?
「それに、今日は、スタジオの方にも出てないんじゃないかな。あいつの嫁さんが二人目妊娠中で、昨日の夜、急に産気づいたって電話がありましてね。何でも生まれるのが一ヵ月以上早くなりそうだっていうんで、そりゃあもう大騒ぎで。昨日からずっと自宅にも戻らずに病院で嫁さんに付き添ってるはずです。まだ手のかかる上の子がいるもんで、私の家内が預かってますよ」
萌は思わず耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
―はい、田所でございます。
携帯に出た女性の可愛らしい声が甦った。
オーナーは萌の様子に格別不審を抱いた風もなく、屈託なく言った。
「祐一郎にご用でしたら、伝言しましょうか? 何なら、あいつのいるスタジオの電話番号を―」
オーナーは親切のつもりで言ってくれたに違いない。でも、萌は到底、最後まで聞いていられなかった。
「ありがとうございました」
踵を返そうとした萌に、オーナーが訊ねてくる。
「伝言は要らないんですね?」
萌は軽く頷き、再び頭を下げた。
パタンと、背後でドアが閉まる。その小さなドアは、萌と祐一郎の世界を隔てる分厚い扉だ。