逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~
第1章 出逢い
雨は止むどころか、次第に烈しくなり、まるで強いシャワーを地面に叩きつけているようだ。これは困った、しばらく動けそうにもないと萌は内心、途方に暮れた。
周囲を雨に閉ざされ、眼前のビルは雨に霞んでいる。あたかも自分とこの写真館しかこの世にはないのだとさえ―そんな現実離れした気分にもなってくる。慎ましく開く紫陽花が強い雨に打たれ、泣いているように見えた。
萌が紫陽花に見入っていたその時、頭上から声が降ってきた。萌は百五十五センチと小柄だ。どうやら、相手は自分よりは頭一つ分以上の身長があるらしい。まさに声が真上から降ってきた―という形容がふさわしかった。
「あれ? こんな酷い雨なのに、誰かいると思ったら―」
萌は眼をまたたかせた。萌から見れば、〝見上げる〟という格好になってしまう。萌の視線の先には、上背のある男性が立っていた。身長は、ゆうに百八十近くはあるだろう。染めているのか、さらさらとした茶色の髪に、理知的な瞳。ふと萌の脳裡にテレビでよく見かける狂言役者の野村萬斎の顔が浮かぶ。この男の端整で細面な容貌は、何とはなしに野村萬斎似のような気がした。
萌葱色のポロシャツにカーキ色のズボン、上に羽織った麻のブレザーはアイボリーだ。都会的で洗練された雰囲気のファッションがよく似合っている。それも作り込んだわざとらしさではなく、さりげなく着こなしているところが本当にお洒落上手なのだろうと思わせる。
男性は写真館の人なのだろうか。あまりにも烈しい雨に、表まで様子を見にきたらしい。
「あっ、わ、私」
萌は狼狽えて口を開きかけ、自分が何も言うべき言葉を持たないのに気付く。後から思えば、雨宿りをさせて貰っていたのだとただひと言告げれば良かったのに、萌の口をついて出てきたのは自分でも予期せぬ科白だった。
「証明写真を撮りたいんです、ここで撮って貰えますか?」
何故、あんなことを言ってしまったのか判らない。でも、その数秒後、萌はとにかく、その野村萬斎似の男と共に写真館の中にいた。
その日、萌は駅前のデパートまで中元を手配しに出かけた帰り道だった。夫の仕事柄、中元を贈らねばならない相手はたくさんいる。
周囲を雨に閉ざされ、眼前のビルは雨に霞んでいる。あたかも自分とこの写真館しかこの世にはないのだとさえ―そんな現実離れした気分にもなってくる。慎ましく開く紫陽花が強い雨に打たれ、泣いているように見えた。
萌が紫陽花に見入っていたその時、頭上から声が降ってきた。萌は百五十五センチと小柄だ。どうやら、相手は自分よりは頭一つ分以上の身長があるらしい。まさに声が真上から降ってきた―という形容がふさわしかった。
「あれ? こんな酷い雨なのに、誰かいると思ったら―」
萌は眼をまたたかせた。萌から見れば、〝見上げる〟という格好になってしまう。萌の視線の先には、上背のある男性が立っていた。身長は、ゆうに百八十近くはあるだろう。染めているのか、さらさらとした茶色の髪に、理知的な瞳。ふと萌の脳裡にテレビでよく見かける狂言役者の野村萬斎の顔が浮かぶ。この男の端整で細面な容貌は、何とはなしに野村萬斎似のような気がした。
萌葱色のポロシャツにカーキ色のズボン、上に羽織った麻のブレザーはアイボリーだ。都会的で洗練された雰囲気のファッションがよく似合っている。それも作り込んだわざとらしさではなく、さりげなく着こなしているところが本当にお洒落上手なのだろうと思わせる。
男性は写真館の人なのだろうか。あまりにも烈しい雨に、表まで様子を見にきたらしい。
「あっ、わ、私」
萌は狼狽えて口を開きかけ、自分が何も言うべき言葉を持たないのに気付く。後から思えば、雨宿りをさせて貰っていたのだとただひと言告げれば良かったのに、萌の口をついて出てきたのは自分でも予期せぬ科白だった。
「証明写真を撮りたいんです、ここで撮って貰えますか?」
何故、あんなことを言ってしまったのか判らない。でも、その数秒後、萌はとにかく、その野村萬斎似の男と共に写真館の中にいた。
その日、萌は駅前のデパートまで中元を手配しに出かけた帰り道だった。夫の仕事柄、中元を贈らねばならない相手はたくさんいる。