
異彩ノ雫
第10章 intermezzo 朱の幻想
広く 豪奢な部屋の片隅…
深い海の底のように
静寂が娘を包んでいた
━━ 我らは鬼の一族…
泣き疲れ 霞がかかったような頭の中を
人と変わらぬ長老の話が甦る
━━ 遠い昔より
この地に生きる我らの長(おさ)には
人間の妻を迎える習わし…
それ故連れてこられた、と
あまりにも突然に
ふたたび
枯れたはずの涙が溢れ膝を濡らす
その時
廊下の御簾が上がり
月明かりに浮かぶ一人の影
目の前にかがみ込むその姿に
娘は息をのむ
湧き出ずる泉のような碧い瞳に
陶器を思わせる白い肌
そして 赤い髪はふわりと揺れる
━━ 鬼……
ふと 洩れる心の声
━━ いかにも 私は鬼の長
朱夏という
艶然と笑い 袖を返せば
伽羅の薫りが夜に流れる…
(つづく)
