赤い糸
第9章 想い
時計の針は19時を過ぎていた。
この場所に立ってもう20分が経つ。
…何で来ちゃったんだろ。
好きになってはいけない人を好きになってしまった。
だから もう逢ってはいけないと思った。
この人は本当にズルいんだ。
電車が到着した音が私が待つ改札口まで届くと 階段を一番はじめに駆け昇ってきてくれた。
「ゴメン。遅くなった。」
この人は私に嘘は絶対につかないって言った人
「いえ…」
違うか…嘘もついてくれなかった人
息を軽く整えながらネクタイを少し緩めるその仕草を見るのはお見舞いに来てくれたとき以来だった。
「あの…お話ってなんですか?」
「とりあえず飯でも食いながらどう?」
「私は構いませんけど…」
彼女さんはこういうのイヤじゃないのかな…
あの背の高い綺麗な彼女さんの顔が瞼の裏に映る。
でも、京介さんはそんな私の心を無視して
「…ちょっ!」
あの日のように私の手を握りしめる。
「京介さん…」
お付き合いしてる人がいるのにこんなことするのはご飯を一緒に食べるよりもダメなことだと思うけど
「今日は連れていきたい店があるんだ。」
京介さんは振り向きもせず歩きながら言葉を紡ぐ。
そして私はその広い背中を見つめながらこう思う。
…今日で最後にしよう
これ以上深入りしたら戻れなくなる。
でも…今日だけはいいよね。
「あの…どんなお店なんですか?」
「着いてからのお楽しみ。大丈夫だって絶対に気に入るはずだから。」
初めて降りた駅のはずなのに
「では、お言葉に甘えて。」
見たことある景色。
…駅前なんかどこも一緒だもんね。
最後の夜ぐらい余計なことを考えないようにしよう。
*
駅から10分ほど歩いた閑静な住宅街にそのお店はあった。
「ここですか?」
「そう ここ。」
京介さんは木の扉を開ける前にクスッと笑うと
「こんばんわ~」
挨拶をしながらドアを開け
「さぁ、入って。」
私の背中に手を添えて店内へと促す。
「…ステキですね。」
「だろ?」
ロウソクが各テーブルに煌めく店内を見渡していると
「いらっしゃい…京介。」
厨房から出てきた男性は私に優しく微笑みながら京介さんに挨拶をした。
お客さんが誰もいない店内
入口に“close”の札があったことを私は見落としていた。