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Hello

第16章 温雅 * 櫻葉

Aiba


下調べバッチリの資料に何度も目を通し、自身が担当したインタビューの映像再チェックなど、諸々の準備を終えた翔ちゃん。

それでも、まだ貪欲に予備知識は増やしておきたい、とばかりに、俺に話を聞いてくる辺り、どれだけ勉強家なの?って感じだよね。

俺が持つ番組には、多数のアスリートが出演してくださってる。
そのなかにはもちろん、今回の冬の祭典に出場する方も含まれる。

翔ちゃんは、その人物像が知りたいみたいで。

番組で知り得た意外な一面なんかを教えてあげると、翔ちゃんは楽しそうにメモをとった。

「さすが……やっぱ、限られた時間のインタビューでは、ここまで引き出せねーわ」

サンキュといって笑う翔ちゃんは、本当に嬉しそう。

「いよいよだね……」

俺が呟いたら、翔ちゃんは、そうだな、とまるで他人事のように笑った。

幾度となく彼に訪れる大役。

今、目の前でお酒を飲み、くつろいでる彼が、テレビというメディアを挟むだけで、とてつもなく遠い人みたいに感じてしまう瞬間だ。

キャスターもそう。
大型番組の司会や、メインパーソナリティーなどの仕事もそう。

置いてきぼりにされて、手が届かない人みたいになってしまうような感覚に陥り、……勝手に寂しさが募る。

「?なに?」

じっと黙った俺に気づき、翔ちゃんが操作してたタブレットを静かにテーブルにおいた。
そうして、面白そうに俺の顔をのぞきこんだ。

「なに、その顔。しばらく俺がいなくなるから寂しいー!って顔じゃん」

「…さあね…」

図星。

いなくなるし、遠くなるし。

……寂しいに決まってるじゃん。

「…ついたら、電話するよ」

翔ちゃんが、そっと俺の髪に触れた。

「…うん」

「風邪ひくなよ」

「…翔ちゃんもね」

ふいに抱き寄せられ、広い胸におさまった。
あたたかなこの場所が好き。
華奢なようにみえて、厚い胸板からは、とくとくと、翔ちゃんの心臓の音。

「すぐ帰るから」

「……うん」

「……泣いてんの?」

「泣くかよっ!」

はははと笑いあい、体を起こせばそっと降ってきた唇。

ちゅっと、押し当てられて…すぐ離された。
見上げれば、大きな瞳がやさしく細められる。

「続きは……帰国したらな」

俺は照れながら、頷いた。

……待ってるね。

俺の翔ちゃん。ファイト。

20180208


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