テキストサイズ

愛すると言う事…

第8章 《After that episode》


顔に出てしまったのか、女は近付いて来ると俺の腕に自分の腕を絡め。

『やぁだぁ!引退したら昔の客なんか忘れちゃったのぉ?』

あぁ、客か…
こんな客、居たか?

翔「……すいません。…もうそっちの事はすっかり忘れてました」

『えぇー、何かちょっとよそよそしい!…ねぇ偶然会ったんだし、飲みに行こう?』

翔「…離して頂けませんか?ちょっと急いでるので」

『え?』

離れようとしない女の腕を、少し強めに掴んで引き剥がした。

驚く女を放置して、俺は足早にその場を後にする。
背中に何か喚いてたけど…


マンションに帰ると、そこかしこに居る警備員が俺に頭を下げる。
今までそれに返した事はなかったけど、最近は智が軽く会釈するから俺も癖になった。

エレベーターに乗り込んで自分の匂いに吐き気がする。


玄関を開けたら、そこには智の靴ともう一つ。
見慣れない靴は潤とか言う男だろう。

静かな玄関に、リビングの方から微かに聞こえてくる話し声は二人のもので。
聞いてはいたけど、二人きりだと言う事に若干の苛立ちが湧く。

…小せぇな、俺。

ドアを開ければ予想通り、二人が居た。

ただ、二人の距離は近くはない。
ソファに座る智の、テーブルを挟んで向かい側に座る男。

翔「ただいま」

潤「お邪魔してます。留守中にすいません」

翔「…いや、いいよ。聞いてたからな?」

潤が会釈をして、俺がそう返すと少し堅かった表情が緩んだ。

智「……ぉかえり………早くねぇ?」

翔「………都合、悪いか?」

智「……いや、いいけど………何で怒ってる?」

ソファの智に近付いて『…何でもねぇよ』って頭を撫でようと伸ばした腕を、智は咄嗟に払った。

驚く俺に、智は不審者を見るような視線を向けてくる。

そこで思い出す。
吐き気がする程匂う、キツい女の香水。
さっきの女の所為で俺の身体についた匂いに、智が気付かないはずがない。

だからって、こいつが問い質すような男じゃないのも分かってる。
思ってる事は、昔からみたらかなり言う様にはなったけど…それでもこんな時は特に貝の様に口を閉ざすから。

『…風呂入ってくる』と、俺はその場を離れた。

この時にちゃんと話をしておけば…
智が俺をシカトする事も無かったかもしれない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ