
愛すると言う事…
第1章 episode 1
『今の店よりは稼げる』
智「………」
男から名刺に視線を移したら…
【Club Night´s】
代表取締役 櫻井 翔
引き抜きか…
今のところ、給料に不満はない。
だからその店に一切興味が沸かなかった。
ただ…
目の前の男が、何となく気になる。
雰囲気?
風貌?
良く分かんないけど、代表取締役と言うからにはお偉いさんだ。
そんな人間がわざわざ足を運んで引き抜きするんだろうか。
窓から、腕を伸ばして来た男が俺の腕を掴んで名刺を握らせた。
『気が向いたら、連絡くれ』
フワリと香った男の香水。
女とは違う、男の香り。
小さく笑みを溢したその男、櫻井翔はまたスーッと窓を閉めて走り去っていった。
そのテールランプをボーッと眺めて、明るくなり始めた空に視線を移した。
夜が明ける…
いつまでも、男の小さな笑みが頭から離れなかった。
櫻井 翔。
あの男に会ってから、1ヶ月近く経とうとしてた。
名刺は財布に入ったまま。
あれからずっと、櫻井翔の小さな笑みが忘れられずにいた。
『ねぇ!智聞いてる?』
そう言われる事が増えた気がする。
まぁ、『…聞いてますよ?』なんて耳元で囁けば女は喜び酒を追加するから、問題はないけど。
いつもと同じ様に空が白み始める頃、店を出て歩き出した。
何となく…
名刺を取り出した俺。
そこに書かれた携帯番号を眺めながら歩いてた。
どうしてこんなに気になるのかが分かんない。
分かんないから、気になる理由が知りたい。
マンションに帰ってすぐ、いつもならシャワーを浴びてベッドに入るけど、テーブルに置いてたあの男の名刺を手に取った。
1ヶ月近くも何か一つの事を気にし続けるなんて事、俺には経験がない。
翔『…はい』
数回のコール音の後、静かな落ち着いた声が耳に届いた。
智「………」
翔『……智、か?』
一言も声を発してない。
なのに、何故この男は俺だと気付いたのか。
まぁ見慣れない番号からの着信なら、相手を絞り込む事くらいは可能だろうけど…
翔『うちに来る気になったか?』
智「…いや」
翔『そうか…まぁ、ゆっくり考えてくれ。俺はいつでも待ってる』
智「……何で?」
翔『ん?』
智「…何で、俺?」
