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本気になんかならない

第26章 趣味:和歌

「あいつら、どこに行くの?」

部長がそう尋ねるから説明する。
するとさらに尋ねられる。

「能って般若とか仮面をつけて演るやつだよな?
どんな話なんだ?」

「んー。ザクっと言うと、幽霊と植物」

能『定家』

それは定家と内親王の、
ふたりが亡くなった後に作られた物語。

ハッピーエンドなのかバッドエンドなのかわからない
なんとなく重い空気を残し、だけどなんとなくほほえましくて

苦しみに負けるなよと、ふたりを応援したくなる。

作品中で、しとしとと降る
物悲しい時雨が、名残の紅葉を濡らすのが
俺には印象的だった。

「秋に怪談?幽霊と植物って、
まるきりイメージわかないんだけど。
ああ、柳?」

「柳じゃないよ。テイカカズラって草。
それに怪談っぽくなくて、恋愛もの。
身分の差から引きはなされて、のちの世に結ばれるふうな。
観に行くか?」

「観たいけど、先にお前らの作品見ようと思って」

「途中からじゃ物語に入れないだろ?
明日も演るみたいだから、そっちで観ろよ」

入口で帳面に名前を記した部長は、
「わかった」と靴を脱いで和室に入る。

「この畳のヘリって踏んじゃいけなかったっけ?」

「ここでは、そんなに気にしなくていいよ」

そう返したけれど、
部長は几帳面にヘリを避けた。

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