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a faint

第29章 A-15


A’s eye

「…眠れ……ないのか?」

視線を上げれば スマホの平たい画面が放つバックライトに照らされたツルンとした額が バラバラと無造作に被った前髪の隙間から見えた。

”それとも……” と 一瞬だけ 口を噤んでから

「……眠らないのか?」

くだらないコトに答えれば 愚問愚答になりかねない。

だから 代わりに肌掛けを肩まで引っ張り上げて 壁の方へ寝返りを打ち

”オマエが居るのに……眠りたくないンだよ 分かれ”

胸内で独り言ちた。

『聡い』だの『鋭い』だのと 業師の代表格みたいにイメージされるこのオトコは 殊(こと)俺に関しては 驚くほど鈍(なまくら)だ。

その証拠に

「……もしかして 起こした?」

愚鈍さに追い討ちをかけるような見当違いな問い掛けをするから げんなりしてしまう。

辛辣な返しをしてしまいそうで 答えるまでもなく 黙(だんま)りを決め込む。

果たして どんな顔して 俺の背中を見ているのか。

若干 意識を後ろへ傾けてみたところで その様相は窺い知れず。

ただ チクチクと刺すような視線の気配とか 寝衣が擦れる音だけが ひしひしと感じ取れる。

救急車のサイレンが 近くなり そして遠くなってく妙な沈黙の中に ハモるみたいにフゥと吐かれたのは 互いに詰めていたんだろう息。

その呼吸のぶつかり合いに 微妙 且つ絶妙な二人の距離感を知る。

”まるで 発泡酒みたいだ”

さっき握り潰した金色の空き缶を思うにつけて やるせなさが募る。

ホンモノへ昇華しきれず あと一歩足らずで 何処かしら不満足さを 抱(いだ)き続けてるの俺たちの関係性。

そんな不確かで 不透明な中にも 恋情だの 愛情だのと 甘ったるい感情は 存在するのだけれど。

後ろから腹に回された腕の温もりと 項に口付ける口唇の熱は 然程(さほど)悪くは無い。

鬱々と蓄積沈殿していく負の感情に さっさケリをくれてやる。

「…雨」

何処からともなく忍んできた湿気た空気に 雨の匂いを感じる。

明日のロケはどうなるのか。

上体を捩り スマホへ伸ばした手は アイツに搦め捕れ そのままグイと引き寄せられた。

「…何?」

目も合わせず聞けば

「……俺も眠りたくない」

俺のよりひと回り小さい手に 額を撫でられた。



……………………………………やっと正解。

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