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カトレアの咲く季節

第5章 銀色のカトレア

 約束していたチーズパイとかぼちゃのクッキー、搾りたての山葡萄のジュースを笑いながら食べて、アレクとユナはまた歩き出す。

「あら、綺麗」
 会話の途中、ユナはアクセサリーを広げる露店の前でふと立ち止まった。
 銀細工の髪飾りのひとつについと手を伸ばす。

「ユナじゃないか。それ、いいだろう?」
 露店の番をしていた壮年の男が朗らかに声をかけてきた。商店街で時計屋を営んでいるトマスだ。
「ええ、とても素敵。これ、トマスさんが作ったの?」

 トマスは器用な男で、依頼があれば時計のみならず眼鏡の修理をしたり、アクセサリーを磨いたりもする。太く丸い指先から美しいものが出来上がる様はまるで魔法のようだと評判でもあった。

「あぁ。近々、他の街にも売り出しに行こうと思ってな」
 トマスは人好きのする笑顔で、煌めくアクセサリーをちょいちょいと並べ直す。
「そのカトレアの髪飾りはミオからも褒められてなぁ。ユナちゃんにも似合うと思うよ」

 ミオ、というのはトマスの妻だ。店を訪ねていくと、いつも丁寧かつまどろっこしい手順で、美味しいお茶を淹れてくれる。
 そのお茶を飲みたいがために時計屋を冷やかす者も少なくない。

「これ買うよ。ちょーだい」
 2人のやり取りを横で聞いていたアレクは、ユナの手から髪飾りを取り上げるとそう言った。
「おっ、アレクも一丁前に男だねぇ」
「うるせー」

 トマスの揶揄いにふんと頬を膨らませ、アレクは乏しい小銭入れからコインを取り出した。
「そんな、いいわよアレク」
「いーって。これくらい買ってやるよ」
「そうそう。男の子にはカッコつけさしてやんな」

 アレクは財布を出そうとしたユナを引き留め、その手に強引に髪飾りを握らせる。本当はつけてやりたかったけれど、仕組みがよくわからなかった。
「付けてみて」

 ユナはアレクと髪飾りを交互に見たあと、いつものおさげをそっと解いた。それから手早く髪をひとつにまとめ、銀色のカトレアで飾る。

「どう、かしら?」
 恥じらうように笑うと、その濃茶の髪も揺れる。高い太陽の日差しを浴びて煌めく銀のカトレアは、美しいユナによく映えた。

「すごく似合うよ」
 アレクは大きな声で言った。どこか誇らしい気持ちだった。
「ありがとう」
 真っ直ぐな褒め言葉にユナの口角が上がり、熟れた果実のような艶やかな唇から白い歯が覗く。

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