
カトレアの咲く季節
第12章 エピローグ
あれからどこを探しても、誰に聞いても、17歳のユナを知る者はいなかった。
一目見たら忘れられない容姿のライを、覚えている者はいなかった。
アレクは翌年の収穫祭の前に、ノートルードの街を出た。
父が最期に見た景色を見たいんだと言うアレクを、養父母はすぐに許してくれた。
気をつけて行っておいでと笑う二人に手を振って、アレクは故郷を後にした。それから一度も帰っていない。
花屋に残されたカトレアと同様に、アレクの見目も、あの日以来成長を止めた。いつまでも12歳の幼い容貌のまま、ただ周りの時間だけが過ぎていく。
ひとつところには留まれないから、あちこちの街を転々としながら、ただその日を過ごした。いつくもの朝を、夜を数え、いつくもの新しい年を迎えて。あの収穫祭の日から、いったいどれほどの時間が過ぎたのか。
いつからか数えるのをやめたアレクは、変わらずに健康的で愛らしい少年でしかない。
親しくなれる相手などいようはずもない。皆の時間には限りがある。アレクは永遠を生きている。否、生かされている。死の神は決してアレクのもとには訪れない。
アレクはここに来てようやく、ライの言葉の真意を理解する。
あぁ、本当に。
こんなにも長い時間を独りで過ごすのは、気が狂う。
まさか君と同じ気持ちを共有できる日がくるなんて、あの頃の僕は思ってもみなかったよ。
アレクはカトレアを眺めて無理に笑う。
アレクと同じ永遠を生きる、白いカトレア。ユナに初めて贈った、銀色のカトレア。
この二つだけが、アレクの荒んだ心を慰める。
足を踏み入れた見知らぬ街は、カトレアの花輪が飾られていた。
人々が楽しげに笑う。どこそこに飾られたカトレアがあちこちから香る。
あぁ、またこの季節だ。
決して忘れたことのない約束の記憶を、アレクはまた呼び覚ます。
さようなら、またいつかと。ライがそう言ったから。
「ライ、お願いだ。僕も連れて行ってくれ」
天を仰いで叫ぶ。
カトレアの咲く季節になると、僕はいつも彼を思い出す──。
the end
一目見たら忘れられない容姿のライを、覚えている者はいなかった。
アレクは翌年の収穫祭の前に、ノートルードの街を出た。
父が最期に見た景色を見たいんだと言うアレクを、養父母はすぐに許してくれた。
気をつけて行っておいでと笑う二人に手を振って、アレクは故郷を後にした。それから一度も帰っていない。
花屋に残されたカトレアと同様に、アレクの見目も、あの日以来成長を止めた。いつまでも12歳の幼い容貌のまま、ただ周りの時間だけが過ぎていく。
ひとつところには留まれないから、あちこちの街を転々としながら、ただその日を過ごした。いつくもの朝を、夜を数え、いつくもの新しい年を迎えて。あの収穫祭の日から、いったいどれほどの時間が過ぎたのか。
いつからか数えるのをやめたアレクは、変わらずに健康的で愛らしい少年でしかない。
親しくなれる相手などいようはずもない。皆の時間には限りがある。アレクは永遠を生きている。否、生かされている。死の神は決してアレクのもとには訪れない。
アレクはここに来てようやく、ライの言葉の真意を理解する。
あぁ、本当に。
こんなにも長い時間を独りで過ごすのは、気が狂う。
まさか君と同じ気持ちを共有できる日がくるなんて、あの頃の僕は思ってもみなかったよ。
アレクはカトレアを眺めて無理に笑う。
アレクと同じ永遠を生きる、白いカトレア。ユナに初めて贈った、銀色のカトレア。
この二つだけが、アレクの荒んだ心を慰める。
足を踏み入れた見知らぬ街は、カトレアの花輪が飾られていた。
人々が楽しげに笑う。どこそこに飾られたカトレアがあちこちから香る。
あぁ、またこの季節だ。
決して忘れたことのない約束の記憶を、アレクはまた呼び覚ます。
さようなら、またいつかと。ライがそう言ったから。
「ライ、お願いだ。僕も連れて行ってくれ」
天を仰いで叫ぶ。
カトレアの咲く季節になると、僕はいつも彼を思い出す──。
the end
