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3度目にして最愛

第3章 3度目にして最愛


そんな生活を続けていたら、何処かで限界が訪れるもので、それは30を迎えた水城が茹だるような暑さの8月の夜、ホームドアが設置がされていない地下鉄の駅で電車を待っていた時の事だった。

到着アナウンスが流れると、水城の足は緩やかに、だが迷いなく動き出し、黄色い点字ブロックを超えて、白線に足を踏み入れていた。
疲弊した肉体が線路に落下して、無機物のように引き裂かれる事だけを水城は望み、目蓋を閉じた。

だが来るべき衝撃は後方から伸びてきた見知らぬ男の片腕に掴まれた事で、危機一髪避けられてしまった。
「馬鹿野郎!危ねえだろうが!」
そう叱責するような声がはっきりと水城の鼓膜に伝わった瞬間、堰き止めていた感情が決壊した。

「助けてほしいなんて誰が頼んだの?命を救えば燃え尽きた精神も元通りに回復すると簡単に思ってる浅はかなあんたの正義なんか要らない!」

吐き捨てるような台詞が水城の口を突いて出たのと同時に、パンッと乾いた音と彼女の片頬に痛みが走った。
男に平手打ちされた事で煮え滾っていた脳内に冷気が送り込まれた。
八つ当たりだ、ヒステリックな女の八つ当たり。

一層惨めになった水城の唇が震え、大粒の涙が両眼から溢れた。

「命があれば何とでも言える。死んだら何もかもお終いだ」
男は眼光を鋭くして告げたが、一方で人目を憚らず滂沱の涙を流す水城を見捨てずに落ち着くのを待っていた。
これが3番目にして後に水城の最愛の男となる東条司との初対面であった。

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