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仮面舞踏祭~カーニバルの夜に~

第2章 白羽根仮面の男

 が、今となっては、この男の心境の変化など取るに足りないことだ。この類の男は幾度でも同じことを平気で繰り返す。反省はするのかもしれないが、それはほんの一時的なもので、所詮、蝶が新しい花から花へと飛び回るのと同じ、また別の女の許に行くに決まっている。
 伸吾のこれ以上はないというほどの裏切りは、流石に上に何とかがつくくらいお人好しの友里奈にも多少の人生勉強をさせたのだ。
 再び彼が唇を狂おしげに塞いだ。抵抗しようにも、相も変わらず伸吾の両手はしっかりと友里奈の細腰に回されていた。
 伸吾の口が友里奈の口を開かせようとしている。彼が彼女の口をこじ開け、舌を押し込んでこようとするのを感じ、友里奈は今度こそ、ありったけの力を込めて彼を突き飛ばした。
「良い加減にしてくれない?」
「おまえがこんな良い女にもなれるんだったら、あの時、別れたりはしなかった」
 こんなときに男が使いそうないかにもの台詞だ。今更、取り合う気にもなれなくて黙っていると、何を勘違いしたものか、彼は格好つけて前髪をかき上げる。
「おまえに逢いたくて、小百合にこの仮面舞踏祭のことを聞いて、取る物も取りあえず、飛行機に飛び乗ったんだぜ」
 全く、どこまで厚かましく恥知らずな男なのだろう。たとえいっときたりとはいえ、こんなろくでなしに夢中だった自分が呪わしい。
「あなたはもう妻子持ちなのよ?」
 友里奈が乾いた声音で言うのに、伸吾が邪気のない笑顔で言った。
「あいつとはもう別れたよ」
「別れたって、赤ちゃんが-」
「三ヶ月に入ったばかりのところで、腹の中で死んじまってさ。元々、赤ん坊のために籍入れたようなもんだから、肝心の子どもがいなくなったら、それでおしまいさ。子どももいないのに、あんな女と結婚なんてするものか」
 友里奈は呆然と眺めていた。ただ眼前で世にも無神経で愚かな人でなしの男が人の気も知らずにぺらぺらとまくしたてているのを。
 それにしても、よく喋る男だ。仮にも、ほんのわずかな間にせよ妻であった女と不幸にしてこの世の光を見ることな逝った我が子について語っているというのに、どうだろう、この悪びれない、あっけらかんとした口ぶりは。

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