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秒針と時針のように

第4章 認めたくないこと

 拓は俺を見ないで答えた。
「昨日放課後に一緒に買い物行って帰りにうちに泊まったんだろ? 覚えてないのか、忍。寝ぼけてるなあ」
 その声も、機械的で。
 拓じゃないみたいで。
 けど、否定するには現実を受け入れがたくて。
「疲れたから寝るって一言だけ言って風呂も入らずにベッド占拠してたんだぞ、お前。固い床で眠ったんだぞ、オレ。どっちが家主かわかんねーよなあ?」
 笑いながら。

 これは、嘘か。

 それとも、本当にてめえは記憶を変えたのか。
 どこにも躊躇がない喋り方に寒気がした。
 頭を押さえる。
 くしゃっと髪が絡まる。
「そ……う、だったか?」
「早く先入れよ。オレ朝食作っとくからさ、な?」
 タオルと着替えを渡される。
 知ってる。
 拓の家に泊まるといつもこのタンクトップを借りるんだ。
 着ねえくせにわざわざ俺用に買ったやつ。
「わかった……ありがとな」
 拓は最後まで俺の目を見なかった。

 服を脱いで全身鏡の前に立つ。
 恐る恐る足元から視線を上げていく。
 蹴られた痣。
 青いのから黒いのまで。
 太ももの赤い線。
 無理やり開かされた時に引っかかれたんだっけか。
 引き攣るように乾いた糊みたいな液体。
 酷い臭いがする。
 あの時の汚い水音が鼓膜の傍で響いている。
 ぞくりとして耳を塞いだ。
 幻聴?
 もしくはフラッシュバック?
 腹から胸、首筋まで付けられた噛み痕、吸い付いた証。
 それから自分の顔を。
 暗い表情。
 無表情っていうのか。
「く……くくく」
 なぜか笑いがこみ上げる。
 俺は肩を抱いてしゃがみ込んだ。
 ぽたぽたと足元に涙が落ちる。
「見ろよ拓……俺はそんな嘘なんかに縋れない体なんだぜ……?」
 鏡に手を伸ばす。
 無様に救いを求める自分がいた。
「……くだんねぇ」

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