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秒針と時針のように

第5章 一周してわかること


 目が覚めたのは十時を回ったころだった。
 俺は重い頭を支えながら身を起こした。
 部屋は明るいのに、酷く暗く感じる。
 額に乗せてあった濡れタオルが落ちる。
 いつの間にか敷かれていた布団の上にいた。
「……拓?」
 すぐそばで気配を感じた。
 振り向くと、畳の上で寝転がっていた拓が起き上がるところだった。
「あ……忍、よかった」
「てめえ何やって……てか、俺なんで寝て」
「温泉で熱さに気絶したんだよ」
「ナニソレ。情けなっ」
 記憶を辿ろうとして、世界が反転する。
 ボフンと布団に顔を埋めた。
「大丈夫か、忍」
「さあ……熱い」
 もうとっくに熱は冷めていたのに、俺は言い訳するみたいにそう口をついて出ていた。
「夕食は?」
「八時くらいに運ばれてきたよ。食べる?」
 広間の中央に並んだ二つの膳。
 どちらも手が付けられていなかった。
「てめえも食ってねえの?」
「うん」
「なんでだよ」
「忍を待ってた」
「……起こせよ、じゃあ」
 布団から出て立ち上がる。
 あれ。
 俺、浴衣だったっけ。
 見ると拓も浴衣だった。
「あ、ごめん。勝手に着替えさせた」
「いや、いいけど」
 鏡を探す。
 それから洗面所に小走りで向かった。
「うお……すっげ」
 腕を広げてくるりと回ってみる。
 人生初の浴衣だ。
 深緑のサラサラした布地。
 なんか、こうスースーする。
 丈は丁度のようで踝あたりで揺れる。
 後から来た拓と鏡越しに目が合った。
「どしたの」
「似合ってるか?」
「え? うん」
「なんだよっ。反応うっすいな。初浴衣だぞ!」
 広間に戻って向かい合って座る。
 夕食は豪勢だった。
 本当にここに泊まって予算足りるのかと疑うほどに。
 食べる間も拓はずっと心ここに非ずという感じだった。
 それがどうも気に食わなかった。
 気絶した俺を気遣うにはどうにも変だ。
 なにがあったんだ、気絶する前に。
 思い出そうとしても思い出せない。
 なにかが邪魔してるみたいだ。

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