テキストサイズ

秒針と時針のように

第1章 gloss

 閉まった扉を見上げて頭を抱える。
 頭皮に指が食い込むくらいの勢いで髪を掻き上げ、深く息を吐く。

 行かなきゃ。

 唇だけで呟く。
 重い体を持ち上げて玄関を飛び出した。

 忍は交差点に立っていた。
 ポケットに手を突っ込んで寂しげに。
 考えるよりも前に後ろから抱き締める。
 細い肩に顔をうずめて。
「オレも行って良い?」
「ウザイ、殺すぞ」
 しかし、忍は暴言とは裏腹に泣きそうな顔をしていた。
 涙を堪えてオレの腕に触れる。
「マジで……ぶっ飛ばす」
「オレは一度忍にシメられなきゃダメかも」
「バカ云ってないで離れろ、息苦しいんだよ」
「わかったよ」
 自分で言ったくせに忍は名残惜しそうにオレを振り返った。
 それでも拳を握り、歩き出す。
「財布持ってるんだろうな、拓」
「……持ってるよ」
 オレはぎこちなく笑う。
 ああ。
 忍は演技が上手いな。
 オレには出来ないよ。
 本当にバカ野郎だな。
 お前に甘えてばっかで。
 謝ったりしない。
 そしたら折角のお前の演技が無駄になる。
 ああでも……
 それもいいか。
「おいっ、拓! 置いてくぞ」
 忍の声にはっとする。
 またバカなこと考えちまった。
 苦笑いすら出ない。
 額に汗が滲んでる。
 それを拭ってから小走りで忍の元に向かう。
 丁度信号が赤に変わった。
「てめぇのせいで行けなかったな」
「……わり」
 忍がニィッと、冷たい笑みを浮かべる。
 オレはそれが愛おしかった。
 守りたいって思った。
「ほら、青になったぞ」
 肩をたたかれる。
 朝の日差しに照らされた黒髪が、美しく風を受け入れた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ