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もうLOVEっ! ハニー!

第10章 甘い笑顔と花束


 尚哉はキョトンと知らない後輩を見つめた。
 彼女はおしとやかに近づいて、ハンカチを白い指に挟んで差し出した。
 真っ黒な瞳が笑みを浮かべる。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 動画に映っていた、御巫アリス。
 これは偶然でしょうか?
 下駄箱に悪戯した本人にしてはあまりにも飄々とし過ぎてはいませんか。
「先輩。こんなに可愛い子の手を払うなんてどうかと思いますよ」
「あ?」
 予想外に攻撃的な言葉が飛び出し、尚哉も反応に詰まってしまう。
 しかし、脳裏には似た女がはっきりと思い出されていた。
 お騒がせの御巫アンナ。
 あいつに似ている、と。
「それは、悪い」
「ねえ、松園さん。その本安部公房よね? 凄く好きなの」
「あっ、そう、です。私も好きで」
 この人の眼、美弥さんを彷彿させます。
 熱くて、鋭くて、優しくて、切ない。
 これは直感でした。
「え、と。アリスさんですよね」
「知ってたの?」
 尚哉はそれでハッとした。
 そうだ、こばるとマリケンと読んだ雑誌。
 あの特集で見たんだ。
 アンナとアリスの美人姉妹。
「聞きたいことがあるんですが」
「なあに?」
 喉が渇く。
 空気は湿っているというのに。
 尚哉は、なんとなくアリスから距離を取る。
 再生した映像。
 傘の中の墨汁。
 突き刺した針。
 痛々しい記憶。
 全部掻き消して。
「私の下駄箱に、何を入れたんですか」
 アリスはぴくりと眉を上げた。

 この質問に至った経緯は図書室に行く前のこと。
 もう外したカメラの映像は得られないが、相変わらず続く悪戯に辟易して、渡り廊下のガラスにもたれて過去の映像を見返していたときです。
 妙なことに気がついたんです。
 あの、蜘蛛が入れられた日。
 御巫アリスが蓋を閉めてから十五分後。
 早送りしていたら、もう一人私の下駄箱を開けた人物が居たんです。
 村山薫。
 驚きもしませんでしたが、彼女が包みを取り出して、怪訝そうに手を伸ばしてきたんです。
 カメラに気づいたのかと、ひやりとしましたが、彼女は先に入っていたモノを摘まみました。
 そしてそれを鞄に捨て入れ、蜘蛛を落としました。
 どういうことでしょうか。
 見終わって、混乱する頭を整理する。
 蘭さんたちと見たときはここまで映像を進めませんでした。
 二人目の来訪なんて誰も予想してなかったので。

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