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もうLOVEっ! ハニー!

第11章 写りこんだ隣の姫様


 やっちまった。

 久瀬尚哉は自己嫌悪で夜を明かした。
 赤くなる東の空に頭痛を覚えつつ、喫茶店と同じ服で起き上がる。
 風呂に入る気すら起こらなかった。
 顔を手で覆って擦るように揉む。
 疲れた頬。
 湿った掌。
 不快。
「なにやってんだよ、マジで」
 叫びたいような、黙りこくってたいような曇天よりも鬱な気分。
 晴れ晴れとした達成感はない。
 なにせ暴走と同じだからだ。
 ガク先輩に対しての対抗意識。
 アリスという新たなライバルを見たから。
 マリケンに背中押されたから。
 どれでもいい。
 やっちまった
 言っちまった。
 もう咥内には戻せない言葉を思い返して更に埋まりたくなってきた。
 こういうときは奴と会おう。

 珍しく仕込みの時間帯に食堂にやってきた人物に汐里は眉を潜めた。
「玉砕したって顔してるな。くー」
「……おはよう。汐里アニキ。正にそれって感じで腹立つけど」
 朝食のバーガー用に捏ねていたパティにラップをかける。
 発酵したパン生地をカウンターに置いて、尚哉を席に着くよう促した。
「あ、十五分後に司が来るから早めにな」
「あいつ本当に毎日凄えっすね」
「助かってるぞ。あれが可愛い嬢ちゃんなら文句ないんだが、男手は貴重だからな。お前もやってみるか? これをバンズ程度に成型する簡単なお仕事だ」
「……報酬は?」
「人生の先輩からの恋愛アドバイス」
「っく、はは。やるよ」
「かっかっか。相当のことしでかしたな」
 食堂のおばちゃんならぬ、アニキの汐里は、保健室の鳴海には言いづらい生徒からの相談を受ける親戚の兄さんのような存在だった。
 知らぬ間に出してもらっていたオレンジジュースを口につける。
 柑橘の刺激が朝の胃を目覚めさせてくれる。
「で? 噂のかんな嬢ちゃんか」
「っんく、っぶねー。吹くところだった」
「まあそれしかないよな。お前、他の女子に興味示したことないし」
 今まで恋愛相談をするときの尚哉は、寄ってきた女子をどうしたら完膚なきまでに追い払えるかなど鬱陶しそうに尋ねてきたのだ。
 だからこそにやけてしまいそうになる顔をなんとかコントロールに努める。
「でもよかったな。このままじゃ、ガクの女だとかいうふざけた冗談が本当に伝わるところだ」
「俺はその気はないって……」
 膨らんだ生地を潰すようにガス抜きする。

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