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幸せな報復

第20章 夏が終わって

「ふぅ……寝たのね。なら、次はわたしの番」

 低く艶めいた声が、内側でささやいた。意識の裏側――そこにひそんでいた“彼女”が、ゆっくりと立ち上がる。

 エルザ。数万年の眠りから目覚めた、原始的で衝動のままに動く存在。人間という仮面を借りながら、欲望という名の闇の奔流をその身に宿していた。

 彼女は、恵美という器を操り、世界を味わう。

(これが……いまの人間社会……なぜこんなに干からびているの……? もっと、もっと奥にある感情を――掘り起こしてあげる)

 エルザの内なる声は、感情の奥底に積もった“歪み”をなぞるように波打った。

 数時間後――

 恵美はゆっくりと目を覚ました。意識の縁にかすかに残る、説明のつかない痺れ。心臓の鼓動が妙に鋭く、身体が軽く震えていた。

(夢……だったのよね? でも……どうして、こんなに身体がざわつくの……?)

 何もされていない。記憶は空白だ。なのに、体が何かを「欲している」と訴えていた。自分の意志とは思えないほど、根深く。

「違う……わたしはそんな風に思ったりしない……思うはずがない……!」

 しかし、否定すればするほど、思考の隙間にぬるりと入り込む感覚がある。

(あの男の手を……思い出してる……?)

 わずかに頬が熱を持った。その感覚に、思考がよろめく。

 ――それは快楽ではない。だが確実に、“侵入”だった。恵美の中の“現実”をゆっくりと、確実に蝕んでいく何か。
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