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幸せな報復

第20章 夏が終わって

(違う! わたしはそんなこと……思ってない! 思うはずがない!)

 だが、思えば思うほど、それが“他人の声”ではなく“自分の声”のように響く。

(……でも、本当に? これが“わたし”だったら、どうするの?)

 自問するたび、境界線が曖昧になる。

 そしてもう一つの事実――

 聖人君子のような生き方を選び、けだもの族を捨てた男・畑野勘太郎。彼の存在がすべてのきっかけだったのかもしれない。数万年、決して交わるはずのなかった「理性」と「衝動」が、彼と仁美の間で静かに交わった。

 まるで、何かを解放する合図のように。

けだもの族に「オス」が生まれることなど、進化の設計図からしてあり得ないはずだった。だが現に、畑野浩志は存在している。しかも、極めて自然に、人間の世界に紛れ込むようにして。

――それは、進化の偶然か、運命の必然か。

(ねえ、恵美……わたしたち、あの子に出会うべくして生まれてきたのかもね?)

 エルザの声が、脳内でやさしくも冷ややかにささやいた。

 二人――恵美とエルザは、表向きは共存している。だが実のところ、それは折り合いではなく、つり合いに過ぎなかった。まるで割れた鏡の破片同士が、互いを映し合って存在しているように。

(あなたは“家族になりたい”とか言ってるけど、それって本当に愛? それともただの依存じゃない?)

(……黙って。あの人たちを汚さないで)

(汚してるのは、あなた自身でしょ?)

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