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月夜に散る桜の宴

第11章 諭吉、来たる

今日、学生時代の後輩とランチ。
後輩っていっても、もうなかなかのおっさんサラリーマン。
コロナ禍もあって、会うのは随分と久しぶりなんだけど。
誘い文句は相変わらずの調子。

「仕事でそっちに行くんでいつもの店でランチなんてどうすか?」

私もいつもの調子でメールで返信を。

「はい了解。ついでに牛乳と五枚切りの食パン買って来て」

いつもの店というのは、私の家から歩いて行けるファミレスのこと。
仕事のついでに会う時はいつもそこ。
久しぶりに会う後輩は、前より短髪になって前より少しふくよかになっていた。

「いやあ、リモートって罠だな。ついつい食べたり飲んだりしながら仕事しちゃう。おかげで暫くの間、俺はベジタリアンっすよ…」

目の前でチーズインハンバーグを食べながら嘆くと、私の顔をマジマジと見て。
 
「まあとにかく、先輩は変わりなくダイエット中で良かったよお」
 
ドリンクバーのお茶をガンガン飲んでる私の姿に頷きながら笑ってる。
 
ヤツが私を誘った理由は察しがつく。

先月、私の父親が急逝した。
急逝といっても、それなりの歳で入退院を繰り返して最後は特養ホームに入っていた。
覚悟はしていたけど、その時は前触れもなく訪れたので…。
あらゆる現実的な雑事に翻弄されて、感情は後回しになっていた。
親族だけの集いなので、他に知らせる事も無かったけど。父親の事情を知ってる私の親友のひとりには報告していた。

その親友からの近況メールで、話の流れで父親の訃報を話したと。
ヤツは私と親友の共通の後輩なのだ。

ランチの間、ヤツは父親の事は一言も口にしなかった。 
いつも通りの顔と言葉で、いつも通りの気の効きようで。

「はい、牛乳と食パン。この時期は春のパン祭りだから…。勿論集めてるでしょ?」

ぬかりないパシリっぷりもドヤ顔も心が和む。

別れる時もいつもと変わらず手を挙げて。
じゃあ、またね。 
いつもと違うのは、言葉にして付け加えた。

ありがとう。

因みに
ヤツをモデルにしたキャラクターを出した物語を、ここに載せている。多少の誇張はあるが、割と近い感じで好きなキャラ。
題名は『お稲荷こんこん』。暇つぶしにどうぞ。

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