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どこまでも玩具

第11章 立たされた境地

 いいんだ。
 訊かなきゃ教えてくれない。
 類沢は教えてくれないんだ。
 頭の中で、自分が叫び声を上げた。
 でもそれはすぐに掻き消され、沈んでいった。
 悲鳴の残響が木霊する。
「先生」
「ナニ?」
「教師、辞めたりしませんよね」
 類沢が目を見開く。
 本当に俺から発された言葉なのかと疑うように。
 それから表情をやわらげる。
「辞めたりしないよ」
「裁判は」
「受けるつもりだ」
 声が空気を貫く。
 そうか。
 自信があるんだ。
 確たる自信が。
 安心するような、鳥肌立つような。
「弁護人とか雇うんですか」
「知り合いがいるからね」
 知り合い。
 また胸が疼く。
 自分の知らない類沢によく出会う。
 それが心臓を痒くさせる。
「まさか僕が負けると思って来たの?」
「そんなことは……」
 あれ。
 類沢の笑みが直視出来ない。
「瑞希はさ」
 類沢が月明かりに目を落とす。
「勝って欲しい? 負けて欲しい?」
 唇が乾く。
 舌で舐める。
「瑞希が好きな方を選んでよ。そしたらそれに決めるから」
 何の冗談だろう。
 俺は動けなくなった。
 類沢の目が此方に戻る。
「どっちがいい?」
「……俺は」
 言葉遊び。
 これはただの言葉遊びだ。
 また、からかっているんだ。
「出来たら負けて欲しいですよ」
「あはははっ。素直だね」
「余裕ですね」
「気張るだけ無駄だよ」
 いつもと変わらない。
 変わって見えるのは、俺がおかしいからなんだ。
 紅茶を飲み干す。
 肝心なことは何一つ聞けていない。
 類沢が脚を組み直す。
 この空気を壊したくない。
「明日から冬休みなんですよ」
「へぇ。そうだっけ?」
「だから……」
「構わないよ」
 この人は一から十を読み取る。
「着替えくらい持ってきたら?」

 俺はバカだ。
 着替えを抱えて、チャイムをまた鳴らす。
 バスタオルを肩にかけた類沢が笑いながら扉を開けた。
 午後9時。
 時間は早い。
 端から見たら、俺の家みたいに見えんのかな。
 そんな下らないことを考えて入る。
「向こうでシャワー浴びてくれば良かったのに」
「湯冷めで来るまでに風邪引きますし」
 本当の理由はちがう。
「夕食たべる?」
「先生は?」
「朝から食べてないけど」
「じゃあ、食べましょうよ」

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