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どこまでも玩具

第4章 放たれた憎悪

 
「雅せんせー」
「今日はどうしたの?」
 連日保健室は昼休みになると何人もの女子が集まる。
 勿論怪我、風邪の類ではなく、強いて言えば恋の病だ。
 類沢もそれを知りつつ、変わらぬ態度を崩さない。
「せんせーって彼女いるんですか?」
「え、いるの?」
「いないでしょ!」
 黄色い声が溢れる部屋を見渡して、彼はふっと笑んだ。
 それは彼にしかわからぬ感情だったが、女生徒達は違う意味にとって騒ぐ。
「わー! ショック……いるんだ」
「嘘ですよね」
「そりゃいるに決まってんじゃん」
 書類整理の手を止めて、類沢は目の前の机に寄りかかる生徒の手を握った。
 その女子はみるみる真っ赤になって、慌てて机から離れる。
 周りでは妬みの声が上がり、彼のたった一度の動作がいかに注目されているかがわかる。
「……いないよ」
 その女子を見つめて言った。
 瞬間爆発したように女生徒達が群がる。
「やっぱそうですよね」「だから指輪も無いんでしょ!」「年下はどこまで範囲内?」
 類沢は苦く笑いながら手を戻す。
「君たちみたいに若い女の子は、どんな年代の男にも狙われるものだよ」
 机上で手を組む。
 紙が小さく音を立てた。
「じゃあ……望みありますか?」
「正式な付き合いは卒業式後でもいいからさ!」
「絶対バレないようにしますよ!」
 女子のパワーは凄い。
 自分たちが何を言ってるのかわかっているのだろうか。
 禁断の行為を秘密裏に行わせてくれ、堂々と恋愛できなくても構わない。
 そういう意味だと言うのに。
「類沢せんせー?」
 空を見つめていた彼に、生徒たちは心配気に声をかける。
「そんなこと言うと、折角の今が満喫出来なくなってしまうよ」
「え?」
「君たちは街を歩くだけで輝ける若さ真っ盛りの時期だろう? 大事な受験期の子もいる。大切な時間を誰にも話せない秘密を抱えて後ろめたく過ごすなんてもったいなくない?」
 類沢は反応を待つように区切った。
 今まで無秩序に盛り上がっていた生徒たちが真剣な表情に変わる。
「……いいんです」
 一人が前に出た。
「好きな人と一緒にいられるんなら、全ては小さなことなんです。私たちは本気で雅せんせーが好きなんです!」
 次々に賛同の声が上がる。
 類沢は力が抜けて笑うしかなかった。
 本当に、女子のパワーは凄い。

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