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どこまでも玩具

第4章 放たれた憎悪


 くいっと首を傾げて囁く。
「今なら誰もいませんよ?」
 なるほど。
 さっきまで部屋を見回っていた理由はそういうことか。
 類沢はペンを置いて仁野の方に椅子を回す。
「下着を履きなさい」
 仁野はポカンとして、それから意地悪く口元を吊り上げる。
「そっかぁ、先生は脱がすのが好きなんですね?」
 類沢は答えなかった。
 投げた下着を腰を振りながら履く仁野に、目線すら向けない。
「こっちに来なさい」
 彼女は快く彼のそばに来た。
 しかし、類沢は机の前のソファを指差す。
 仁野もその指示に気づいて、くるりと机を回って座る。
 これから何が起きるのか期待する眼差し。
「何かあったの?」
 彼は、必ず生徒が入ってきたときに使う言葉を投げかけた。
「なにかって……」
 仁野は戸惑って足を擦り合わせる。
「自棄になったとは言え、簡単に女性が誘うのは危険だと思うけど?」
「……だって」
「ナニ?」
 仁野は恥ずかしそうに制服をいじる。
 先刻までの挑発的な態度が消えてしまっていた。
「先生ぇは、頼めば誰でも抱いてくれるんでしょ」
 時が止まったような空白が空く。
 仁野は自分が責められている気がして付け加える。
「だって……この前、授業中に保健室から凄い喘ぎ声が聞こえたって噂になってて」
 類沢は目を見開いて、それから破顔した。
「あっははは。はははは……あー、それで来たわけね」
 仁野は求める瞳で類沢を見つめる。
 しかし、彼はそれに答えない。
 その心は黒い渦で満ちていた。
 顎に手をかけ、思案するように部屋を見回す。
 何度か含み笑いをして、沈黙を破る。
「悪いけど、君は抱けない」
「……なんでですか?」
 またこれだ。
 類沢は冷めた気持ちで髭一つ生えていない顎を擦る。
「じゃあ、君にだけは本当のことを教えてあげよっか」
 黒い黒い渦。
 それは残酷な罠。
 秘密という甘美な蜜にまみれた罠。
 仁野は頷いて、そこに足を踏み入れてしまう。
 類沢は心の中で彼女の行く先を予想し憐れんだ。
 しかし、冷めない女生徒たちの熱を下げるには良い策だろう。
「誰にも言わない?」
 言えない訳がない。
 それでも仁野は知りたくて頷いた。
 類沢は席を立ち、彼女の隣に来ると、体を屈めてその耳に囁いた。

 聞き終わるや、仁野は青ざめて保健室を飛び出した。
 否定するように。

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