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あの店に彼がいるそうです

第8章 一体なんの冗談だ

 篠田は椅子に座り、黒いファイルを取り出した。
 一枚の資料に目を落とす。
 真っ白い紙面を埋め尽くす文字と、二人の人物の写真。
 煙草をくわえ、頭痛を押さえる。
 見知った顔と、知りたくなかった顔。
「本当に……面倒なことになってきたな、この街は」
 低い呟きは誰にも届くことはなかった。

「ようこそシエラへ、お姫様」
 出迎えの空気がいつもと少しだけ違う。
 それは勿論、昨日までいなかった人物への興味からだろう。
 更に、その男が来ているスーツの所為もあるだろう。
 白。
 全員が一瞬にして理解した。
 篠田のスーツだと。
 ホストクラブは店によって決まりがある。
 最近聞いた話だが、キャッスルが青や黒系を主流にする一方、シエラはどちらかといえば赤や金をアクセントにしたスーツが多い。
 白はチーフだけが着る色なのだ。
 それから、ネクタイの有無。
 入った当時から目についていたが、シエラのホストはネクタイがない。
 スーツもそれの不在による空間を逆に生かしたデザインが多い。
 松園我円率いるスフィンクスでは全員黒ネクタイに、金のタイピンがマストらしい。
 あそこは集団意識が強く、髪型にもこだわっている。
 シエラはアカを除いて黒髪が多いが、向こうは松園親子の白髪に合わせ、全員青のラインを入れた白髪か銀髪だ。
 全員並ばせたら圧巻だろう。
 香水の香りも我円以外は統一。
 だから、町ですれ違うだけでスフィンクスの人間だとわかるらしい。
 類沢にそう言われたとき、なんてお洒落な派閥意識だと怯んだ記憶がある。
 キャッスルとシャドウはどちらも№に入った者のみがネクタイを許される。
 面白い。
 本当に店によってルールは様々だ。
 忍は向こうでどう働くんだろう。

「あっ、そうそう」
 肩を寄せて囁く。
「瑞希ってピアス空けてる?」
「俺? ないけど」
「さっき篠田さんに聞いたんだけどさ、シエラって全員左耳にピアスしてるらしいんだよ。で、確かにしてんのな」
「ずっとキョロキョロしてた理由はそれか」
 言いつつ、俺も周りを確認する。
 確かに、一夜も三嗣も左に付けている。
 今まで気づきもしなかった。
「拓は?」
「両耳空いてる」
 ほら、と掻き上げるとリング型のピアスが二つ。

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